2015.07.26 【日译中】二十一世紀のおそろしさ-2

九尾鱼儿 (巴克)
【A+研究所】荣誉会员☆网校制霸
译心传心
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发表于:2015-07-26 10:11 [只看楼主] [划词开启]

     なるほど、藤田氏の言うとぉりでぁる。カメラに頼れば無意識のうちに風景を真剣に見つめなくなる。人生は日々、一期一会である。その心構えがしだいに薄れて、人生を漫然とした安心感だけでやり過ごしかねなくなる。私はいたく反省した。だが、こうした人間の易きにつく本性については、既にニ千年以上も前に荘子がちゃんと警告しているのである。彼はこう言っているのだ。機械アレバ必ズ機事アリ、機事アレバ必ズ機心アリ。すなわち、機械を使うと必ず機械に依存する仕事が増える。仕事が増えれば、いよいよ機械に頼らなければならなくなる。すると、やがて必ず機械に頼る心が生じ、それが健康な人生の営みを損ね、「道」からいよいよ遠のいてしまう、というのだ。

    原来如此,正如藤田氏所说。依赖相机的话不知不觉间就会变得不能用心去欣赏美景。人生有若干每天,此时风景却是一生一次的相遇。人的精力有限,散漫的人生只求得过且过。我深刻反省。但是这样的人更易随性。二千多年以前庄子曾警示世人“有机械者必有机事,有机事者必有机心”,其实使用机械的时必定依靠机械(才能完成的)工作也会相应增加。工作增加了,又必须更加依靠机械。于是,便萌生了依赖之心,这是健康人生工作的失败。与“道”之精神背地而驰。 

  だからといって、私は機械を無用だの、悪だの、と言うつもりはない。それどころか、現代の生活に機械がどれほど貢献しているか、私たちが機械の恩恵をどれほどこうむっているか、私は身にしみて感じている。問題はどのように機械を使うか、いかにして機心を戒め、人間らしい充実感をもって生きることができるか、どいうことなのである。

    当然我并不是说机械无用或(令人)生厌。相反,现代生活中机械(的使用为我们的日常生活)贡献了太多力量。我切身感受到我们承蒙机械无数帮助。问题是要怎样正确使用机械,如何戒除机心,人们的生活能否持有充实感。

机心:(1).巧诈之心;机巧功利之心。(2).指钟表内部机器。

   私が今更のようにこんなことを反省するのも、実は二十世紀がまさしく「機械の世紀」であり、二十一世紀は更に「機械万能の世紀」になることが確実だからだ。そして機事はいよいよ増え、それとともに機心がますます增大してゆくことを憂える故である。複写機は大切な文章を書き写すという作業を無用なものにしてしまった。コンピュータ一は記憶の容量を一挙に拡大し、それを一枚のフロッピーに簡単に保存してくれるようになった。それは確かに偉大な技術の進歩である。

    我自我反省好像现在才发觉这样的事情似的,实际上二十世纪已“机械的世纪”,二十一世纪更是“机械万能的世纪”。于是机械辅助越来越多,取巧之心也会随之大幅增加正是我的忧虑所在。复印机使誊写文章的工作变得无用,电脑一举扩充了记忆容量,一张软盘即可轻易存储。这些确实是伟大的技术进步。

  だが、人間の本質とは記憶で成り立っているのだ。人生とは記憶の集積なのである。そのように貴重な記憶のすべてを機械に譲り渡してしまったなら、人間にいったい何が残るだろうか。記憶など必要としない人々の群れ、それは歴史を失った人間であり、ただ現在だけを条件反射的に、あるいは要領よく生きる人たちと言っていい。二十一世紀のおそろしさ、そして、二十一世紀の何よりの不気味さは、そのような「ポスト.モダン」人を着々と生み出していることにあるーーと私は思う。

    但是,人类的本质由记忆构成。所谓人生就是记忆的积累(过程)。像这样如此贵重的记忆全部交由电脑保存的话,人类自身到底还剩下了什么?已丧失记忆的人类群体,也就(变成了)失去历史的人,应该说只是现在条件反射或是遵循要领生活。我想,(我对)二十一世纪存有忧虑,而且,二十一世纪(的到来)比任何时侯都令人忧心忡忡的是像那样“后现代”的人类被顺利创造出来.


最后编辑于:2015-07-30 13:19

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分类: 日语
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