2014.08.06【日译中】给女孩们的书——母亲告诉女儿的关于人生的80条智慧(7)

发表于:2014-08-06 20:16 [只看楼主] [划词开启]

ある作家と話をしていたら、江戸時代には、「ご恩送り」という言葉があった、と教えてもらった。

我曾经听一个作家说,在江户时代有“施恩不图报”的说法。


たとえば、私がある人にお世話になったとする。そこで、私がその人に何かお礼をしたりせず、別の人にお礼をするというのが、ミソである。「ご恩送り」。うーむ。映画の『ペイ・フォワード』のような話だ。

比如说,有人帮了我,我不是直接对他表示感谢或者反过来帮他一下,而是去帮助其他人。在电影《把爱传出去》里就是讲的这样的一个故事。


そういえば思い出した。大学時代、故郷の宮崎に帰る新幹線で、小倉まで一緒になった会社員がお弁当をごちそうしてくれた。今思えば、30歳くらいの人だろうか。その人は「これは、あなたに奢るのではなく、あなたの親に対してだからね。親は大変だから」といった。

写到这,突然想起,大学的时候在回故乡宫崎的新干线上遇到的公司小职员,我们一起坐到小仓。他请我吃了份盒饭。现在想想,他应该是个30岁左右。他说,我并不是要请你吃饭,而是心疼你的父母。


私ではなく、そこにいない私の親に対してというのが、不思議でもあり、新鮮でもあり、面白かった。

并不是对我“施恩”,而是对不在场的我的父母,这个想法让我觉得很不可思议,很新奇,很有意思。


「ご恩返し」であれば、それはそこにいる二人の間で完結する話だ。しかし、「ご恩送り」になると、「ご恩」がいろんな人の間を回っていくことになる。

 如果仅仅是“施恩图报”,那么就只牵扯到当时在场的两个人而已。但是如果“施恩不图报”的话,那么这份恩情会在很多人之间转来转去。


私も、娘がどこかでめぐりめぐってお世話になることもあるだろうと、事務所にくる若い人や、授業で教えている学生に、できるだけ親切にしようと心がけている。思い起こせば、私が学生のときにだって、いろんな大人たちが、親切にしてくれた。

我也在想,可能我对别人施的恩有一天会报在我的女儿身上,所以对来我办公室的年轻人,听课的学生我对他们都会尽可能好一些。现在回头想想,在我还是个学生的时候有很多大人对我都很好。


「ご恩送り」で思うのは、いつどこで、いろんな縁がつながっているのかわからない、ということだ。目先の損得ではなく、どこがで、誰かが助けられ、その縁がことらに来て、それが別のご恩につながっていく……なんて、広がっていくイメージがいい。

 如果你也有“施恩不图报”这种想法的话,那么你就会觉得不知何时不知何地缘分就把人连在一起了。不计较眼前得失,在某地得到别人帮助,也就是说这份缘来到了你这里,又会从你这走到另一个人那,不断扩散开来,这样多好。


自分に親切な人だけを大切にするのではなく、目先のその人のポジションに目がくらむのではなく、「あれもこれも他人事ではない」とおおらかに考えれば、ご縁もうーんと広がっていく。

不仅仅是善待对自己好的人,也不是看人下菜碟,如果你能想到“所有的事都是与我有关的”,那么你的缘分这个圈子就会越来越大。


反対に、自分だけでご恩を独占しようとすると、広がらない。ケチケチすると、自分も心の狭い人間のように思えてくるし、友達だってよってこない。

相反,如果你要独占好处,那缘也不会有多少。如果你太小气,那你自己也会认为自己是一个心胸狭隘的人,也就渐渐的没了朋友。


恩も縁も回り回っているのが、世の中だ。いろんな人にご恩を送れば、自分の心も豊かになってくる。それには、やはりちょっとしたエネルギーが必要だけど。
 这个世界上,无论是恩也好缘也好都是在人与人之间不断传递的。如果你能对很多人都施恩不图报的话,你的精神世界也会变得丰富。要做到这点,还需要你内心的力量。
分类: 日语
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