2014.08 .14 【日译中】 日本人和食肉的历史 之自文明开化来发生变化的食生活

发表于:2014-08-14 10:02 [只看楼主] [划词开启]

文明開化で変わる食生活

自文明开化来发生变化的食生活

さて、時代は1853年。

那么,文明开化是在1853年。

 アメリカからペリーが日本にやってきた。彼は食料を求め「鶏200羽と牛60頭をよこすように」と言ったそうです。ところが幕府の役人は「なぜ?船の中で耕作はできないですよ」とお答え。この答えにさぞかしペリーはビックリしたでしょう。

佩里从美国来到日本。他向幕府的人寻求食材时说到【希望能送200只鸡和60头牛过来】。然而,幕府的差役却回答到【为什么?在船上是无法耕作的哟】。想必这个答复一定让佩里大为吃惊吧。

そしてペリーは答えました。

于是,佩里回答道。

「食べるのですよ」

【可以吃呀。】

「えっ?」

【什么?】

ここで「なるほど西洋人は肉を食べるものなのか」と、納得したのが江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜。特に豚肉がお気に入りになったようで、人々からは「豚一様」と馬鹿にされてしまいました。だが、明治維新で人々は文明開化の言葉に酔い、肉食に飛びつき、政府もこれを強力に後押ししました。

此时,江户幕府最后的将军德川庆喜明白【原来西洋人是吃肉的呀】。好像特别喜欢吃猪肉,从而人们也像【猪一样】被当成笨蛋。然而,在明治维新时,人们陶醉于文明开化的词语,食肉也变得流行起来,政府也成为了强有力的后盾。

1869年には、東京の築地に政府が牛馬会社を設立。1872年には明治天皇も召し上がられました。そしてこれを受けてか、仮名垣魯文が著した「安愚楽鍋(あぐらなべ)」の中では「牛肉食わねば開化不進奴(ひらけぬやつ)」と書かれておるほど牛鍋は庶民の間に普及します。

1869年政府在东京的建筑地创立了牛马公司。1872年招待了明治天皇。于是,接受了食肉一事,正如在假名垣鲁所著的【安愚乐锅】中写到【不吃牛肉的人是不开明的人】一样,牛肉火锅在平民阶层普及起来。

なお、この牛鍋というのは今の関東風のスキヤキであり、そもそも関西には牛鍋はなく、代わりにこれに似た料理をスキヤキと言って牛肉を食べました。そして、大正時代にスキヤキという呼称に統一されています。

再者,这个牛肉火锅就是如今关东流行的日式牛肉火锅,原本关西是没有牛肉火锅的,取而代之的是把与之类似的料理叫日式牛肉火锅。于是,在大正时代将牛肉火锅统一叫做日式牛肉火锅。

分类: 日语
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