2014.08.18 【日译中】 天声人语 2014年8月16日

liupenny (夜夜) 译往情深
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发表于:2014-08-18 23:58 [只看楼主] [划词开启]
夭折(ようせつ)の詩人、中原中也の作品に「妹よ」がある。〈夜、うつくしい魂は涕(な)いて、/もう死んだつていいよう……といふのであつた〉。現代詩人の中村稔さんは、この詩に強く感動したという

英年早逝的诗人,中原中也的作品中有一篇《妹妹啊》。其中写道,“夜晚,美丽的灵魂在哭泣,现在可以死去······怀畏惧之心”。现代诗人中村稔先生,为此诗深深感动。


▼戦争末期、旧制一高生のころだ。多くの友が中原を愛誦(あいしょう)していた。本が手に入りにくく筆写したという。なぜ中原にひかれたか。中村さんらは当時、「召集間近く、生死の関頭に立っていた」からである
 战争末期,正是旧制第一高等学校时期。很多友人都喜欢咏唱中原的作品。据说由于他的书难以入手,大家就用手抄。为什么中原如此受欢迎呢?因为当时中原先生处在“应征入伍之际,生死关头站立”时期。

▼徴兵されるのは確実であり、そうなれば死は必至と思えた。著書『私の昭和史』で、中原の「生と死の境からうたうような詩境に共感したのかもしれない」と振り返っている。戦時の若者の心のありようが伝わり、読む方の心もひりひりしてくる
 他当时的确有被征兵,而且想着一上战场必将对面死亡。在其著作《我的昭和史》中,中原回顾到“或许是与生死之际中吟唱的诗境产生共鸣。” 不但传达了战时年轻人的心情,也深深触动读者的心。

▼学生に限らない。年長世代の日々にも死の影は差していた。仏文学者の渡辺一夫は当時、40代で東大助教授だった。東京大空襲翌日の1945年3月11日からつけ始めた『敗戦日記』は主としてフランス語で書かれている。他人にのぞき込まれることを警戒したのだろう
 不仅仅是学生,年长那一代的人的每一日每一天也被烙印着死亡的阴影。法语翻译文学家,渡边一夫,当时40几岁,在东大(东京大学)任职助教。东京大空袭次日,1945年3月11日开始,他用法语写了《战败日记》。警戒被他人偷窥。

▼「自殺を考える」「死に対するあくがれは段々強くなる」といった気弱な言葉が時折もれる。もっとも「狂信の徒に牛耳られた政治」を批判し、封建的なものや排外主義の敗北を予言するくだりなどは、いま読んでも示唆に富んでいる
他的作品偶尔也会透露“我想自杀”“对死亡的向往渐渐强烈”等懦弱的言语。更有批评“狂徒统治时政”预言封建主义和排外主义会败北等等,即使现在读起也会觉得很富有启发性。

▼戦争を知り、語れる人が年々少なくなる。全国戦没者追悼式の参列者も減っている。時の流れには抗し難い。それでも記憶はつないでいかなければならない。次代がそれをたどる術(すべ)はある。

 了解战争,并谈论战争的人逐年减少,参加全国战亡者追悼会的人也越来越少。 随着时光流逝,这已是难以抗拒的趋势。但即使如此,记忆还是必须彼此衔接,让下一代人有追溯历史的方法。



分类: 日语
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