2014.04.20【日译中】多文化社会に於ける教育

Black_Dust (blacksoul) 路人甲
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发表于:2014-04-20 14:22 [只看楼主] [划词开启]
何故陰湿な日本固有の「苛め」が後を絶たないのだろうか。大人社会を真似しているのもそうだろうが、だからこそ、変えていかなければならない。皆が同じ集団行動している中で突出した生徒がいれば、その生徒に体力か発言力がない限り、しばしば、苛めの対象になる。これは完全な集団意識であって、自分と異なる他を認められないことに由来しはしないだろうか。だから、逆に、体力的に、発言力的に、若しくは何らかの立場的に弱い子は目立つことを恐れている。自分の遣りたいことを抑えて、集団に同化していく。個性のある教育とはほど違い。
为什么在日本一直有“欺辱”事件发生。小孩一直在模仿大人的社会,正因为如此,才更应改变现状。在一群资质平平的集体里,若突出的学生没有强壮的身体、或没有话语权,那么一般会成为欺辱的对象。这难道不是因为不能承认其他人的集体主义在作怪吗?因此,反而担心在体力、话语权以及选择立场方面比较薄弱的孩子会显得令人注意。抑制自己想做的事儿,融入集体。这样的做法与提倡素质教育,培养个性的教育宗旨渐行渐远。

現場は理論通りには決して運んでいない。大人の頭で考えたことが、即ち、子供社会に当て嵌まるとするのは、現場を子供を知らない学者の台詞である。子供の世界は毎日秒刻みで変化している。昨日までの友達が訳も分からず、今日の敵ということもよくあり、原因は大人には殆ど掴めない。掴める先生は本当に子供の中に入り、休み時間はもとより、トイレまでついていける教師である。実際、苛めはトイレが多い。ついで掃除の時間、放課後の部活前、詰まり、教師の居ないところである。だから、生徒指導担当と担任がその場その場を一件一件解決しても、時と場所と方法と対象を変えて、苛めは残り続ける。①内面の問題が何ら解決されていないからである。
可是理论却怎么也不适用现实。不了解孩子、不了解欺辱事件发生的真实(现场、现实)的学者可能会说:大人世界的勾心斗角,也会在孩子当中出现。孩子们的世界每天都不一样。昨天可能还是朋友,不知为何今天就可能变成敌人了。大人们琢磨不透变化的其中原因。琢磨得透的老师,积极融入孩子们当中,课休时间自不必说,就连上厕所,老师也跟着。实际上,欺辱事件正是在厕所里发生的较多。还有,打扫卫生的时候、放学后从教室到课后活动室之前的这一时段、也就是说,总有老师不在的时候。因此,作为训导主任和班主任,即使能把遇到的欺辱事件一件一件给解决了,也不能控制因时间、地点、手段、对象改变后的欺辱事件的发生。那是因为根本问题没有得到解决。

この内面の問題について、学校としては生徒一人一人を指導していかなければならないが、その時に一番大切なのは「individualism」ではないかと思っている。詰まり、「自分個人としての意識」②「和して同ぜず」「自分と異なる他を認める心」がとても大切なのだと私は思っている。
关于根本问题,我认为作为学校虽有必要对每一个学生加以教导,但是最关键的难道不是强调个性的“个人主义”吗?也就是说,“作为个人的认知”“君子和而不同”“拥有认同他人与自己不相同的度量”,我认为以上说的三点是最关键的解决办法。

(東大藤村好美の講演「多文化社会に於ける教育」による)


@禾木南 @LITTLE桃子 @zsfbest @kaka1120 @馒头不是猫 @暮月倚风 @花甲吉吉 


最后编辑于:2014-10-29 21:33
分类: 日语
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