2014.04.23【日译中】日本人的起源--秦始皇派人寻找长生不老药是真的吗2

不二家de棒棒糖 (不二家de棒棒糖) 路人甲
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发表于:2014-04-23 00:40 [只看楼主] [划词开启]
原文:
 例えば、和歌山県新宮市んにある「徐福公園」の伝承によると、徐福一行は熊野川河口に上陸し、そこから北西約10キロのところにある蓬莱山に住みついたとされている。また、蓬莱山の南麓の阿須賀神社に伝わる話では、徐福が農耕や漁法、捕鯨、医術などさまざまな先進文化を伝えたという。徐福が求めた不老長生の仙薬は、この地に伝わる「天台烏薬」だという話もあって興味深い。そして徐福の子孫は、秦氏を名乗ったと言われている。
 他に地域の伝説も紹介しよう。
 京都府の伝説では、徐福の船は日本海を対馬海流に乗って北上し、丹後半島へとたどり着いた。岩が侵食されてできたた海岸に漂着したらしく、京都府与謝郡伊根町新井の海岸には「秦の始皇帝の侍臣、徐福着岸の趾」の碑がある。そして、新井崎神社では、徐福が祭神の一人として祀られている。




译文:
   例如:根据和歌山县新宫市的“徐福公园”的传说,徐福一行人从熊野川河口上岸,然后在熊野川西北约10公里的蓬莱住了下来。还有,蓬莱山南麓的阿虚贺神社的传说称,徐福还带来了农耕、捕鱼、捕鲸、医术等各方面的先进文化。徐福求取的长生不老药就是此地的“天台乌药”这种说法也流传的很广。而且,据说徐福的后代继承了秦的姓氏。
    下面来介绍一下其他地方的传说吧。
    在京都的传说中,徐福的船顺着对马海流北上日本海,到达了丹后半岛。好像漂流到了岩石被侵蚀的海岸,在京都与谢郡伊根町新井的海岸上,立着写有“秦始皇的臣子--徐福在此着陆”的石碑。而且,在新井崎神社里,徐福是作为神明而被供奉的。


最后编辑于:2014-10-29 20:43
分类: 日语
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