2014.05.11【日译中】日本の教育

rerehkg (rerehkg) 译坛新秀
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发表于:2014-05-11 20:13 [只看楼主] [划词开启]

経済原理の教育現場への無理な導入よりも、もっと根本的で深刻な問題は、子どもが一人の人間、大人と同じ人格を持った存在として尊重されていないことでしょう。実は日本では、大人と同様に心に大きな問題を抱えている子どもが驚くほど多いのです。ユニセフが行った世界的な調査で「孤独を感じることはあるか?」という問いに対して「感じている」と答えた子どもの比率が、日本は29.8%と飛び抜けて多い。 
比起强制进入经济原理的教育现况,更加根本的严重的问题是:孩子一个人,和大人一样,作为一个带有人格的存在,却没有得到应有的尊重吧。实际上,在日本,和大人一样心中有大的问题的孩子多得让人吃惊。联合国国际儿童基金会曾做过全球性的调查“你感受到孤独吗?”,而回答“感受到了”的孩子在日本所占的比例飞升到了29.8%。
しかしこの心の問題には、ほとんど対応策が取られていません。崩壊している日本の教育を立て直すためにはまず、新指導要領など、カリキュラムをいじることよりも、この深刻な状況を、ひとりでも多くの人に知ってもらうことが必要です。 
但是人们对于这个心中的问题,几乎没有采取对应的措施。为了重整正在崩溃的日本教育的第一步,与其将新的指导要领、全部课程的教学计划进行改动,不如让更多人了解到这个严重的状况。
そのための良い指針になるのが、日本が1994年に批准した「子どもの権利条約」。しかしなぜか文部科学省はこの広報活動に消極的で、具体的な方針も打ち出していません。 
因此为了要成为好的指针,日本在1994年批准了“孩子的权利条约”。但不知怎么,文部科学省对于这个宣传活动的态度很消极,没有给出具体的方案。
むしろ最近は、2006年に行われた、公立学校のゼロ·トレランス(寛容度がゼロということ)と呼ばれる生徒指導の方針の厳罰主義への大転換のように、子どもを追い詰める、世界とは真逆の方向に向かっています。この生徒指導の問題も、また学力低下の問題においても、まず、子どもをケアすることで解決に導くのが「社会の力量」ではないでしょうか。 
最近在2006年实行的,公立学校向称为“零容忍”的学生指导方针的严惩主题的大转变,把孩子逼到绝境,向着与世界完全相反的方向发展。这个指导学生的问题也是,而且学术能力下降的问题也是,首先,去引导解决处理关怀孩子的事情的是“社会的力量”不是吗?
(尾木直樹『日本の教育、ここが問題だ』による) 

分类: 日语
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