2014.05.17【日译中】那些中日相同汉字引发的误解1

不二家de棒棒糖 (不二家de棒棒糖) 路人甲
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发表于:2014-05-17 23:53 [只看楼主] [划词开启]
原文: 
 日本と中国は「漢字」を使ってますが、中には同じ漢字でも持つイメージが違うものや、同じ漢字を使っている単語でも意味が全く違うことに驚くことも少なくありません。日本へ留学した人が、街角の銭湯の玄関に「湯」と書かれた暖簾を見て「スープの店」だと勘違いしたとかいう笑い話を聞いたこともあると思います。私も日本人ですが、長く中国で暮らしているうちに、中国で見る「汤」は「スープ」だと思うようになり、大連にある「大型日式温泉」で日本式に「药草之汤」と書かれた小さい浴槽に入った時は、まるで自分が薬草スープの具になったような気がしてしまいました。
 さて、今月は「同じ漢字でも大違い」というテーマで日本人の勘違いをご紹介します。
 1、寿
 私は大連に来たばかりの頃、大学付属病院の近くにあるマンションに住んでいました。その病院の周りには「寿衣」という看板を掲げた店がたくさんありました。
 日本では「寿」の字は結婚式の時に使います。結婚式の招待状や祝儀袋にも「寿」と大きく書かれていますし、「寿退社」といえば、女子社員が結婚を理由に退職することを言う、この言葉は「おめでたい」イメージを持っています。それで、私は、病院の近くにあろのも不思議だなぁと思いつつも、「寿衣」というものは、てっきり「婚礼衣装」なのだと思っていました。
 おる日、ふと思いきって店の中をのぞいて見て、ぎよっとしました。店内には、葬儀用品が山積みになっていました。そう、その時に初めて気がついたのです!「寿衣」は死人着せる「経帷子」だということに!
 私は自分の勘違いと思いこみに苦笑するしかありませんでしたが、同時に、「なぜ、病院の近く死を連想させるようなものがあるのだろうか?」、「これを見て、中国の人は何も思わないのかな」という率直な疑問もわきました。私なら、周辺に葬儀用品店がある病院なんて縁起も悪いし、気持ちも落ち込んでしまう気がします。もし日本なら「患者や患者家族への配慮が足りない」と言って大問題になるかもしれんません。そんな日本に比べると、中国の人死を自然に受け入れているというか、ドライというか、ずいぶんと合理な考的な考え方をするものだと思ったものです。


译文:
   虽然日本和中国都使用汉字,但其中即使同一个汉字所表达的含义也有所不同。而且即使是使用了同一个汉字的单词,意义却南辕北辙的恐怕也不少。看到街头的澡堂玄关处挂着写着“汤”的门帘就误以为那是“汤店”的这种笑话,我想去日本留过学的人都应该听过。我虽然是日本人,但长期在中国生活期间,在中国见到“汤”就会以为是“(喝的)汤”,在大连的“大型日式温泉”,在躺进日式写着“药草之汤”的小浴缸时,会误以为自己真的就像是变成了药草汤的配料。

   那么,这个月就以“同字不同意”为主题来介绍一下日本人的误解吧。

   1、寿

   我刚来大连的时候,住在大学附属医院附近的公寓里。那家医院周围有很多挂着“寿衣”招牌的店。
   在日本,“寿”字是在婚礼上使用的,婚礼的喜帖和礼金袋上会写着大大的“寿”字。说到“寿退社”,就是女职员以结婚为理由辞职。这个词有“祝贺”的意思,所以,虽然对于医院附近有这种店我感到很不可思议,但我却料定“寿衣”就是“结婚礼服”之类的东西。
    一天,我无意中大胆的向店里看了一眼,着实被吓了一跳。店里葬礼用品堆积如山,那个时候才第一次意识到,“寿衣”就是给死人穿的“白寿衣”!
    我真是只能因深信自己的误解而呵呵了。同时,对“为什么在医院周围会有让人联想到死亡的东西呢?”“看到这些,中国人不会想到些什么吗?”这之类坦率的问题也感到困惑。如果是我的话,会觉得周围有丧葬用品店的医院不祥,心情也会变得沮丧。如果在日本的话,可能会因为“对患者及其家属照顾不周”而成为大问题。而与日本相比,中国人能比较自然地接受死亡,或者说很理智,所以就觉得是相当合理的思维方式了。(又不说人话,求治疗)

最后编辑于:2014-10-29 19:23
分类: 日语
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