大家好!这是我首次的作业。
几年前,我买过一本有意思的书『診療室にきたあかずきん』(来到诊疗室的小红帽)。
一位心理医生喜欢用童话治疗患者,他把几个案例写成了文字,集成了一本小小的书。
这本书我看了好多遍,每次看都有新感悟。
想跟大家分享,于是我把其中一个故事作为素材翻译出来,一部分一部分发表出来,跟大家分享交流。
幸運なハンス
幸运的汉斯
ある日、両親と妹に伴われて一人の青年が受診しました。
有一天,一个青年由父母和妹妹陪着来看病了。
前もって人を介して息子を診察してほしいという父親の希望が伝えられており、この日実現したのです。
他父亲提前托人打过招呼,想让(我帮忙)看看他儿子,这天得以实现了。
そういう事情があったものですから、まず両親に診療室に入ってもらいました。
因为有这个内情,我先让父母进诊疗室(谈话)。
二人が口々に話すところによると、息子は三年前に二十五歳で大学を卒業したあと、職を転々とし、一つのところに半年と勤め続けられないのだそうです。
根据两个人的讲诉,儿子三年前二十五岁时大学毕业后,不停地跳槽,据说每个在地方工作都坚持不到半年。
勤めたと思うと間もなく辞めてしまい、家でしばらくぶらぶらしたあとまた勤めまた辞めということの繰り返しだというのです。
刚觉得他工作了不就又辞职,在家晃荡一阵后又工作然后又辞职,就这样不停地重复。
勤めていても辞めていても家での態度に変わりがなく、明るく振舞ってくれているからと、安心できたのも初めのうちだけのことで、
因为不管有工作与否,在家里情绪都没有变化,表现都很开朗,大家开始的时候还放心,
それが三年余にもなると、その明るさがかえってうす気味悪くさえ思え心配の種になったとのことでした。
不过如此持续了三年多,他开朗的样子反而让人觉得可怕,成了家人担心的根源。
おりしも、妹の縁談がまとまりかかっていて、もし兄の方の頭がおかしいのなら、縁談も断らなければ相手の家に失礼になると思ったそうです。
这时,妹妹的终身大事该定下来了,他们觉得如果哥哥的脑子有病,不拒绝对方家庭就对不起人家了。
当然のことながら、もし治るものなら治してやりたいといいます。
当然,他们说,如果能治好的话,想让我给治好。
父親は親譲りの土地持ちで、ビル事業をしています。ただこの事業はほとんど人手が要らないので、息子には若いうちは世間に出て仕事をしてもらいたいと望んでいました。
父亲是个继承祖上地的地主,做出租楼房的生意。只是这种生意几乎不用人手,他希望儿子趁年轻走向社会工作。
彼がまじめな人柄で、コツコツと勉強し、有名私立大学をかなり優秀な成績で卒業しているだけに、社会に出て活躍してくれることを期待していたのです。
因为他为人认真,孜孜不倦地用功,以很优秀的成绩从著名私立大学毕了业,(父亲)很期待他会走向社会上大有作为。
息子が会社を辞めるたびに、手を変え品を変えて何が不満なのか聞き出そうとしました。少しでも彼の気持ちを理解したかったのです。
每次儿子从公司辞职,父亲都会想方设法地打探他(对工作)有什么不满。想多少了解下他的想法。
しかし、その答えはいつも「なんとなく」とか「別に大した理由があって辞めたわけじゃない」というものでした。
但答案总是“说不清”或是“不是有什么特别的理由才辞职的”这类话。
両親は辞めた会社に行って事情を知ろうとしました。
父母(还)去了儿子辞职的公司询问原委。
しかし大した成果はありませんでした。
但是也没什么大收获。
会社の人たちもなぜ本人が辞めたのか事情が分からないと言うのです。
公司的人也说不知道本人为什么会辞职。
勤めて日が浅いうちに辞めてしまうので引き留めるものもいなかったようです。
因为刚工作不久就辞职,所以也没人挽留他。
ただ、勤めている間は明るくまじめに働き、ひとつの仕事の区切りがついてから辞表を出しているということが分かったのが、ただひとつ慰めになりました。
只不过知道了他工作开朗认真,把工作做个了结后才递辞呈,这成了(他们)唯一的安慰。
嗯,第一部分先这些吧。千万别以为我日文忘记打标点了,这个作者很有意思,总会写好长的句子,像一口气说出来似的。。。