2014.12.06【日语盒饭】日本文化一·箩·筐 之 吃货文化——乌冬(31)

空际 (sora) 译坛英杰
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发表于:2014-12-06 23:26 [只看楼主] [划词开启]

うどん

乌冬


うどんとは、小麦粉に少量の塩水を加え、こねたものを麺状にした日本有数の麺食品です。茹でてつゆにひたして食べたり(つけ麺)、カツオだしと醤油で味付けしたかけ汁(かけ麺)で食べます。香川県の讃岐うどんが全国的に有名です。

乌冬是用小麦粉加入少量盐水鞣制而成的面条,是日本为数不多的面食之一。煮熟之后蘸汁吃(蘸酱面?!),用鲣鱼汤和酱油调味,浇汁食用。香川县的讃岐乌冬在全国享有盛名。


風邪の時は消化の良いうどん

感冒时易消化的乌冬

あっさりとしただし汁にコシのある麺が特徴のうどんは、誰でも手軽に調理できる食事として日本中で食されています。その中でも讃岐(香川県)うどんはコシの強さと味わい深さが有名です。讃岐地方の小麦粉は、気候が温暖で雨が少ない瀬戸内地方独特の自然環境のなかで育まれてきた日本でも最良質の小麦粉です。そして讃岐は地下水脈が地表近くに流れているのでミネラル分の多い良質の水を得る事ができます。さらに讃岐を初めとする瀬戸内地方では、昔から雨の少ないという気候を利用して塩作りが盛んに行われてきました。この小麦粉・水・塩の三要素が讃岐のうどんをおいしくさせ有名にした理由です。それゆえに、本場の讃岐うどんを求めて全国から香川県へ出向く人々もいる程です。うどんは非常に消化の良い食品なので、体調を崩した時や食欲のない時などに温かいうどんを食べると体調がよくなると昔から言われています。

以口味清淡的高汤配上筋道面条为特点的乌冬,作为不管是谁都能轻易做出来的料理遍布整个日本。在这之中讃岐(香川县)乌冬因其味浓、有筋道而享誉全国。因气候温暖少雨的濑户内地区独特的自然环境培育的讃岐地区的小麦粉,是日本最好的小麦粉。其次,因讃岐的地下水源离地表很近,能引用含丰富矿物质的优质水源进行灌溉。再者,以讃岐为首的濑户内地区,利用古往今来少雨气候盛行盐制品。小麦粉、水、盐这三要素是讃岐乌冬美味出名的三大理由。因此,有人为了尝到正宗的讃岐乌冬从全国各地亲自去到了香川县。因为乌冬很容易消化,自古以来就有【当身体不适或没有食欲的时候,只要吃了热腾腾的乌冬变回马上好起来】这一说。


讃岐発祥のうどん

乌冬的发祥地——讃岐

うどんのルーツは奈良時代に中国から伝来した唐菓子〔からくだもの〕の一種の「こんとん」であると言われています。「こんとん」とは小麦粉を加工して作られたあん入りの団子のようなものです。やがてこの「こんとん」を温かい汁に入れて食べるようになり「温飩〔おんとん〕」と呼ばれるようになります。それが転じて「うんとん」→「うどん」になったと言われています。現在でも讃岐地方のお雑煮は甘い汁にあん入りの団子のような物を入れて食べる風習が残っています。

据说乌冬起源于奈良时代从中国传来的名叫【唐果子(看了图也不知道中文是神马。。。)】的点心。所谓【混沌】,指的就是小麦粉在加工以后加入豆馅儿揉成的团子一样的东西。传入后不久,人们开始将【混沌】加入热汤汁食用,名称便改叫成了【温饨】。据说【乌冬】便是由此而来。即使是现在,讃岐仍有一些地方的杂煮还留有放有像甜酱汁红豆丸子的东西的风俗。
この説とは別に、讃岐地方には弘法大使(空海)にまつわる言い伝えがあります。讃岐地方は空海の故郷で、遣唐使と共に中国へ渡った空海が、うどんの技術を日本に持ち帰り、貧しかった故郷の人々を救ったと言われています。

还有一种说法,是关于讃岐地区弘法大使(空海)的传说。讃岐地方时空海的故乡,和遣唐使一同去中国的空海将制作乌冬的技术带回日本,拯救了贫困的故乡人。
どちらの説が正しいのかはっきりとした答えはわかりませんが、どちらも讃岐地方にまつわる説なので、日本でのうどん発祥は讃岐地方であったと思われます。

虽然这两个说法到底谁真谁假已无法回答,可因为这都是讃岐地区的传说,所以在日本,讃岐地区便被认为是乌冬的发祥地。

室町時代に現在のうどんの形になり、江戸時代にかけてうどん食文化は庶民の生活の中に入っていきました。 現在のようにカツオだしと醤油で味付けした汁で食べるようになったのは、全国に醤油が出回りはじめた元禄(1688~1704)以後のことで、それ以前は味噌で味付けした味噌煮込みうどんが中心だったと考えられています。色々な具をのせた天ぷら・玉子とじ・鴨南蛮うどんなどは江戸時代中期から後期にかけて開発されました。江戸時代の頃から変わる事なく現在も、うどんは庶民の食べ物として日本中で食され続けています。

室町时代成就了现在的乌冬,江户时代盖浇乌冬的饮食文化便走入寻常百姓的生活了。像现在这样用鲣鱼汤和酱油来调味食用,是酱油在全国开始大量上市的元禄(1688~1704)之后的事了,在这之前被认为是用味增调味,以味增汤煮乌冬为中心。天妇罗、生鸡蛋、葱花鸭肉汤乌冬等各种盖浇都是在江户时代中期至后期时开发的。和江户时代那时一样,现在,乌冬也是作为大众化的一种食物在继续盛行在日本人的餐桌上。


薄味の関西と濃味の関東

关西味淡、关东味浓

うどんのかけ汁は各地域によって好まれる味は大きく異なります。

加入乌冬的高汤因各地喜好不同,味道差异很大。
特に関西と関東で味付けは大きく異なります。

特别是关西与关东的口味,差别巨大。

関西

关西
うどんのかけ汁をお吸い物のようにだしの味まで楽しむという事から薄口醤油が使われています。具の材料に瀬戸内海で取れた白身の魚や新鮮な野菜が年間を通して使えたことから、素材の風味を消さないで味付けするためであると考えられています。

因为把喝乌冬的高汤当做是品尝清汤一样享受,所以用的是味淡的酱油。因为其所使用的材料是取自濑户内海的白身鱼和新鲜蔬菜,并且根据年产使用,所以被认为是为了不让素材原有的风味消失才这么做的。

関東

关东
濃口醤油で味付けするので黒っぽい濃い色をしています。関東では具の材料に脂肪分の多い魚や保存した野菜などが使われていたために、醤油の味で誤魔化して食べる必要があったと考えられています。

因为用的是味浓的酱油,所以看起来(汤的)颜色有些像黑色的浓郁。因为关东使用的材料多是脂肪含量高的与和冷鲜保存的蔬菜,所以被认为是要用味浓的酱油盖住素材的味道。

このように日常生活の違いによってうどんのかけ汁にも違いがみられます。

像这样因为日常生活的不同,可以看乌冬的配汤也有所不同。



最后编辑于:2014-12-25 18:37

本帖来源社刊

分类: 日语
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