2015.02.04【日译中】さよなら妖精98

夏侯燕 (ツバメ) 译犹未尽
1 0 0
发表于:2015-02-04 21:11 [只看楼主] [划词开启]

 道幅は徐々に狹くなり、やがてアスファルトの舗装さえなくなって、いつしか昼なお暗き山の中。生えているのは主に杉。古木ばかりが立つ中に、所狭しと墓石が並ぶ。森を切り開き墓地にしたというよりは、並ぶ杉の隙間をぬって墓石を置かせてもらっているような、そんな原始的な雰囲気のする墓地だった。緩い斜面を蛇行して、細い道がついている。一人通るのがやっとの狭さ、すれ違うことさえ難しい。その細道の両側にずらりと墓が並んでいる。彫られた文字は風雨に削られ、足を止めなければ読めはしない。長い年月が過ぎる間に、無縁仏となったのか、礎石もなしに墓石だけ山と積まれて捨ててある。墓石はそれぞれが小さくて、両の小脇に一つずつ抱えられそうな大きさだ。茶渋色とも小豆色とも見える古びた石の表に、白い黴の生えていないものはなかった。

路越走越窄,后来甚至不再是柏油路,不知不觉,我们来到大白天也昏暗的山里。这里生长的主要是杉树。古木林中密密麻麻地排着墓碑。这片墓地有种原始的气氛,不像是开凿森林做为墓地,反而是像藉用杉树间的空隙放置墓碑一般。细小的道路沿着和缓的山坡蜿蜒,宽度仅勉强容一个人行走,连要错身而过都很困难。小路两侧是两排墓碑,上面雕刻的文字历经风吹日晒雨淋,不驻足细看便无法辨识。可能在漫长的岁月之后无人祭扫,没有基座的墓碑被丢弃,堆得像小山一般。每一块墓碑都很小,一只手臂便足以环抱。看来像深褐色又像暗红色的旧石头,每一块表面都长了白色的苔藓。


 銘がないか、あっても磨滅しているものが多いが、それでも文字の残っているものもある。「○○家之墓」以外にも、「先祖代々之墓」「南無阿弥陀仏」「倶會一處《くえいっしょ》」「妙法蓮華経」「涅槃《ねはん》城」「靜室」などなど。なにをどうしたものか、「先祖代々之怨霊」などというものまである。その側面には、この世を去ったひとびとの名が刻まれている。この山全体で、どれほどの名前が刻まれているものか。

很多墓碑都没有刻姓氏,或者即使有也已经磨损,但有些仍残留着文字。除了“OO家之墓”之外,还有“先祖代代之墓”、“南无阿弥陀佛”、“俱会一处”、“妙法莲华经”、“涅盘城”、“静室”等等。不知道是怎么回事,甚至有“先祖代代之怨灵”这类文字。侧面刻着众往生者的姓名。真不知这一整座山刻上了多少名字。


 マーヤは、深い溜息をついた。溜息をはき終えると、口を開けていてはよからぬものが入ってくるとでもいわんばかりに、それをきゅっと固く閉じた。

玛雅深深地叹了一口气。叹完气之后,一副一开口就会有不好的东西跑进丢似的,把嘴巴紧紧闭上。


「少し登ってみる?」

“要不要爬上去看看?”


 白河の提案に従って、山を登る。墓の間にスペースがあると、そこには大低、枯れた花が積まれている。墓参に来たひとびとが残していった花は、腐るに任せるのではなく、こうしてひとところにまとめられるらしい。してみると、葬るに任せ荒れるに任せているようなこの山にも、清掃管理する者がいるとみえる。そういえば麓に、ごくありきたりな寺があった。

大家在白河的提议下,开始爬山。墓与墓之间如果有空隙,多半都堆着乾枯的花朵。扫墓的人们所留下的花朵,似乎并没有任其腐败,而是像这样整理到同一个地方。由此可见,这座看似乱葬岗的山头,一样有人负责清扫管理。说到这里,山脚也有一座很常见的寺庙。


 一つ、横倒しに倒れた墓石を見つけた。参るひとが絶えて久しいのだろう。それともこれが倒れたのは、きのうきょうの話かもしれない。

我们看到一座倾倒的墓碑。一定是许久没有人来扫墓了吧,或者这座墓碑是最近才倒的。


 おれの一つ前を歩いていた太刀洗が、ふと足を止め、その険のある目元に一瞬だけ柔らかさを滲ませた。つかえて立ち止まるおれに、一言漏らす。

走在我前面的太刀洗突然停下脚步,她那冷峻的眼神一瞬之间掺进了温柔,对不得不跟着停下来的我吐出一句话。


「没年が読めるわ。……過去って、本当にあったのね」

“看得到卒年……原来过去真的存在。”


 見ると、「文化元年」とあった。西暦も併記してくれればわかりやすいのだが、その頃の藤柴住民は太陽暦なんてものがあることも知らなかっただろう。

我一看,上面写的是“文化元年”。如果西元年号也一并记载就一目了然,但那时候藤柴的居民大概连什么是阳历都不知道吧。


 おれはこういう場所に来ると、じりじりとした焦りのようなものが込み上げるのを抑えられなくなる。おれ自身は決して名誉欲の強い人間ではない。少なくとも自分ではそう思っている。しかしそれでいながら、ここに葬られた幾千のひとびとを思うと、ただ生きただ死んでいくことは望ましいことではない、という気になってしまうのだ。おれは高高度ではないにしても文化元年に死んだ某よりは教育を受けている。そしてたぶん、文化年間よりも平成年間は複雑だ。アブラハムは「生きるに飽いて」死んでいったが、文明人は「生きるを厭《いと》う」ことはあっても「飽く」ことはできない……。どこで読んだだろう。文化年間の某は、半径三里程度のこの世を、充分に把握して死んでいけたかもしれない。比べるとおれは、高度な手法を手にしていながら、なにも把握していない。周囲が複雑すぎて、なにから手をつけていいかわからない。ならせめて道標が欲しい。道標が。

我一来到这种地方,心里就不可抑制地泛起一股焦灼的感觉。我本身绝不是什么重功名的人,至少我自己是这么认为的。但是,想是这么想,一思及这里埋葬了成千上百的人们,不禁有种不想平凡地活、平凡地死的心情。虽然我没有受过什么极高的教育,但总比文化元年死去的人还多。而且,平成年代的社会多半比文化年代来得复杂。亚伯拉罕是“年老寿足”才气绝而死的,但文明人会“厌世”,却不会“满足”……这我是从哪本书上看到的呢?文化年代的某人,也许是完全了解了方圆3里左右的人世而死的。相较之下,我虽然学习了比较文明的方法,却什么都不了解。我四周的环境太过复杂,不知从何着手。那么,至少要给我一个路标。路标。


 足元で地蔵が手を合わせていた。
 先頭を行く白河が振り返り、誰にともなく言った。
「いま気づいたんだけど、この山って麓の方から墓を建てていったみたいね。だんだん年代が新しくなってる」
 太刀洗が応じる。

「そうね。確か、山頂付近にはまだ土地が残っていたはずよ」

我向身边的地藏合十而拜。
走在第一个的白河回过头来,没有特定对谁说着。
“我刚刚才发现,这座山的墓好像是从山脚盖起来的,年代越来越新。”
太刀洗回应道。
“是啊。我记得山顶附近还留着一些土地。”

分类: 日语

  • 0

    点赞

  • 收藏

  • 扫一扫分享朋友圈

    二维码

  • 分享

课程推荐

需要先加入社团哦

编辑标签

最多可添加10个标签,不同标签用英文逗号分开

保存

编辑官方标签

最多可添加10个官方标签,不同标签用英文逗号分开

保存
知道了

复制到我的社团