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手与心的温暖——《天声人语集萃2》

日本村外教网 (にほんむら) 资深达人
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发表于:2015-03-18 11:28 [只看楼主] [划词开启]



東京にある日本民藝(みんげい)館をつくった柳宗悦(やなぎ·むねよし)は、身の回りで使われている陶器や木工品など、日常の道具に美しさを見いだした人だ。それら民衆工芸の美しさは、人の手で作られるからこそだと「手仕事の日本」(岩波文庫)に書いている。



  在东京开了一家日本民艺馆的柳宗悦,是一个善于从身边使用的陶器、木制品等日常生活的用具中发现美的人。他在著书《日本的手艺》(岩波文库)中写道,那些民艺之美正是通过人们的“手”设计出来的。


  手が機械と違うのは、心とつながっているからだと柳は言う。〈手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて……働きに悦(よろこ)びを与えたり、また道徳を守らせたりする〉。手仕事とは心の仕事にほかならないと、名高い目利きは唱えている。


  手工与机器的不同之处在于,“手”是与心连在一起的。柳宗悦如是说。“手并不是机械地活动着,而是一直被心所牵引着……心让手从工作中体会到愉悦,还让手遵守职业道德”。这位著名的鉴赏家倡导说,手艺便是心艺。


  その「手と心」の関係について、米国から愉快なニュースが届いた。手が温まっている人は、冷えている人に比べて、他人に対して優しくなるそうだ。大学の研究グループが実験結果を発表した。


  从美国传来了一个有关“手与心”关系的令人高兴的消息。一个大学的研究小组公布了他们的实验结果。实验表明,与手冰冷的人相比,手温暖的人待人会更加温和一些。


  たとえばホットコーヒーのカップを持った人は、アイスの人より他人を好意的に評価する傾向が見られたという。温湿布と冷湿布でも似た傾向が現れた。やはり手の奥には心が控えているのか。手のぬくもりは無意識のうちに心に結びつくらしい。


  他们发现了这样一种倾向,比如握着热咖啡杯子的人,比起冰咖啡的人更易于积极地评价他人。温湿布与冷湿布的实验也同样表现出了相似的倾向。果然,手的深处是心灵在控制着吗。掌心的温热似乎在无意间便与心紧密相连了。


  北からは雪の便りが届いて、きょうは立冬。季節の巡りは順調らしく、近所の雑木林は緑がだいぶ色あせた。通り雨がぱらぱらと枯れ葉を鳴らすような日には、温かいカップを両手でそっと包むのが「心」にはいいようである。


  今天是立冬,从北方传来了丝丝寒意。四季的轮回有条不紊的进行着,附近的杂树林也大都褪尽了绿意。在阵雨噼噼啪啪敲打着枯叶的日子里,两手轻轻握着一个热乎乎的杯子,对“心”来说也一种是不错的慰藉。


  〈「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ〉という歌が俵万智さんにあった。白い息に手をこすり合わせる2人が浮かぶ。「寒いね」の会話もいま、北から南へと、急ぎ足で列島を下っているのに違いない。


  诗人俵万智有这样一首诗歌“两人相遇时最温暖的莫过于相互间的一句问候'今天真冷啊'”读了之后,不免脑海里会浮想起两个人呼着白气,搓着双手互相问候的情景。而现在,“真冷啊”这样的寒暄,也一定正由北向南在整个日本列岛上迅速蔓延。






  柳宗悦1889-1961(明治22-昭和36)


  思想——「民藝」という言葉を生み出したことで有名な柳宗悦であるが、若き日は様々な二元に引き裂かれる人間存在にとって、可能な救いとは何かを問い求める宗教哲学者であった。そこで彼が見出したのが、二元の多様を内包すると同時に「実在/神の閃き」を映し出す「自然」であった。そして、「自然に則る生き方」こそ、現世に生きる人間が「二にあって一に達する道」であると考えるようになる。

本帖来源社刊

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