�文学少女�と繋がれた愚者《フール》:四章 過去から来た少女

发表于:2015-05-05 19:02 [只看楼主] [划词开启]
时间:2015-05-05 19:01~2015-05-31 02:30
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四章 過去から来た少女

 

 芥川くんの家は、学校からバスで三十分ほどゆき、そこから十分ほど歩いた閑静な住宅地に建つ和風の建物だった。

 事件の翌日。ぼくは遠子先輩と一緒に彼の自宅を訪れた。

 喉と胸を彫刻刀で切り裂かれた五十嵐先輩は、病院で治療を受けたあと、自宅で療養している。傷は、出血の割に大したことはないということだったが、事件については口を閉ざして、語るのを拒んでいるらしい。

 更科さんもショックが強かったようで、学校を休んでいる。芥川くんは担任の先生から、しばらく家で謹慎するよう言い渡された。

 クラスのみんなも事件のことを知っていて、教室の中は、朝からその話題で騒然としていた。

 うちのクラスへ、わざわざ様子を見に来た竹田さんと遠子先輩、それに、昨日ぼくに寄りかかって震えていた琴吹さんは、三人とも暗い顔をしていた。

「そう、芥川くん来てないの」

「あたし、芥川が人を刺すなんて、まだ信じられないです」

「芥川先輩……五十嵐先輩に、更科さんのことで呼び出されて、もみあいになって、先輩を刺しちゃったって、話してるんですよね?」

「ええ。でも、どうして芥川くんは、彫刻刀なんて持っていたのかしら」

「そうですよねー。ヘンですよね。ホールから飛び出していったとき、芥川先輩、なんにも持ってなかったと思うんですけど」

「……ねぇ……芥川、今頃どうしてんのかな」

「劇も、どうなっちゃうんでしょう……」

 うなだれる琴吹さんと竹田さんを励ますように、遠子先輩が言う。

「放課後、わたしと心葉くんで、芥川くんのお家へ行ってみるわ」

 その言葉に、ぼくは異議を申し立てることはできなかった。

 

 �芥川�と墨で書かれた表札がかかげられた門を、遠子先輩と並んで見上げる。

「立派なお家ね」

「……そうですね」

 正直、このまま回れ右をして家へ帰りたい気持ちで一杯だった。

 芥川くんと会っても、どんな話をすればいいかも、なんと言ってあげたらいいのかもわからない。胃の辺りがじくじくする。

 嫌だ……。これ以上、進みたくない。

 けれど、遠子先輩はさっさと門を通り抜け、地面に埋め込まれた石を踏みながら玄関まで歩いてゆくと、インターホンを鳴らした。

 『はい、どなたですか?』

 若い女性の声が返ってくる。遠子先輩が芥川くんに会いに来たことを告げると、引き戸が開いて、茶色に染めたセミロングの髪に、ジーンズという格好の、二十歳くらいの綺麗な女性が顔を出した。

 遠子先輩と並んで挨拶をすると、「一詩の二番目の姉の、綾女です」と名乗り、「一詩のこと、心配してくれてありがとう」と、ぎこちなく微笑んだ。きっと家族の人たちも、今度の事件のことで心を痛めているのだろう。

「待っていてね、今、一詩を呼んでくるわ」

 そう言って、どっしりした木の階段を上ってゆく。

「一詩、お客さんよ。聞こえてる?」

 襖が開く音がし、綾女さんの叫び声が耳に突き刺さった。

「なにしてるのっ! 一詩!」

 遠子先輩が靴を脱ぎ捨て家に上がり込み、階段を駆け上ってゆく。ぼくもとっさに後に続いた。

 綾女さんは、襖を開けた部屋の前で、真っ青な顔で立ち尽くしていた。

 八|畳ほどの和室は、ひどい有様だった。

 壁に貼られた幾枚もの賞状、襖、窓の障子が、縦に、斜めに、切り裂かれている。畳の上に、本やノート、学校の教科書が投げ出され、表紙やページに、刃物で滅茶苦茶に切った痕が残っている。

 さらに、手作りと思われるクッキーやカップケーキが、しわくちゃのラップや、可愛らしい赤やピンクのリボンとともにばらまかれており、ケーキの表面に、死斑のような紫色の黴が点々と浮かび上がっている。

 ぼくは吐き気が込み上げ、喉を押さえた。

 そんな部屋の真ん中に----。芥川くんは、シャツにスラックスという格好で座り込んでいた。

 目が、死んだ魚のように精気に欠け、半開きになった唇は乾き、右手に折りたたみのカッターを握りしめている。カッターの先から血が滴っている。

 袖をまくってむき出しにした左腕に何本もの切り傷があり、そこから鮮やかな赤い血が流れ出ていた。放心する彼のすぐ傍らに、首と足を切断したピンク色のうさぎのマスコットが無造作に転がっていて、上からぽたぽたとこぼれ落ちる血を、吸い込んでいた。

「一詩、あんた----あんた、なにやってるの……っ。腕、血が出てるじゃない」

 綾女さんが、震える声で言う。

 芥川くんは乾いた目をしたまま、淡々とつぶやいた。

「試しに……切ってみたんだ。簡単に、切れるんだな……人間の皮膚って」

 綾女さんの顔が、恐怖に引きつる。

「て、手当を、しないと」

 ためらいがちに伸ばされた手を、芥川くんが叩くように振り払う。精気のなかった顔が不気味にゆがみ、青ざめた唇から、ひび割れた声がほとばしった。

「ダメだ! これは償いなんだ。鹿又は[#「鹿又は」に傍点]、まだオレを許していない[#「まだオレを許していない」に傍点]! 鹿又の傷はまだ癒えていない[#「鹿又の傷はまだ癒えていない」に傍点]!」

 綾女さんがびくっと肩を跳ね上げ、立ちすくむ。その横を遠子先輩が通り過ぎ、カッターを握りしめる芥川くんの手をつかんだ。

 とっさのことで、ぼくは止めることができなかった。芥川くんが困惑の表情で、遠子先輩を見上げる。

「何故、天野先輩がいるんだ?」

「きみが、先輩や友達に心配をかけるからよ」

 驚きでゆるんだ手からカッターを取り上げ、遠子先輩はそれをぼくのほうへ寄こした。

「預かってて、心葉くん」

 片手でずいっと差し出されて、慌てて受け取る。

「綾女さん、水を張った洗面器とタオル何枚か持ってきてください! それから心葉くんは、タクシーを呼んで!」

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

[#ここから太字]

 何故、二人は出会ってしまったのだろう。

 幼い日、あの小さな教室で。

 オレが本当に切り裂きたいものは、過去の自分であり、きみだった。

 オレを責め、オレに不実な行為を命じるきみを----

 オレに決して心を開かないきみを----

 オレを拒絶し続けるきみを----

 ナイフでずたずたに切り裂きたい。

 きみの白い顔が血みどろになり、皮膚に無数の印が刻まれ、その下の肉がぐちゃぐちゃに爛れ落ちるまで、きみを切り刻みたい。

 きみの足を、腕を、手を、指を切り裂き、皮膚を削ぎ落としたいのだ。

 そうしたらオレは、ようやく心安らかになれるだろう。

 

 お母さん、貴女のもとへ行ってもいいですか。

[#ここまで太字]

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

 病院で芥川くんが治療を受けている間、ぼくと遠子先輩は、綾女さんと一緒にロビーのソファーで待っていた。

「ありがとう。あなたたちがいてくれて、助かったわ」

 綾女さんが青ざめた顔で言う。

 ぼくはタクシーを呼んだくらいで、芥川くんの腕をタオルで縛って止血したのも、タクシーに無理矢理押し込んだのも、遠子先輩なのだけど。

「……一詩は、一体どうしちゃったのかしら、一詩になにがあったのかしら……」

 掠れた声で、綾女さんがつぶやいた。

「あの子は昔から優等生で、姉のあたしたちよりずっとしっかりしていて、親に反抗したこともないし、姉弟喧嘩すら一度もしたことがないような子なのよ。なのに、どうしてこんなこと……」

 遠子先輩が、そっと尋ねる。

「芥川くんは、なにか悩んでいるようだったんです。お姉さんたちに、心当たりはありますか?」

 芥川くんに似た綺麗な顔がゆがみ、泣きそうな表情になる。

「……一詩は、心配事があってもあたしたちに打ち明けたり、頼ったり……しないわ」

 哀しそうな声だった。遠子先輩の眉も下がる。

「あの……芥川くんが言っていた、�鹿又�って、誰なんでしょう? お姉さんはご存知ですか?」

 その質問に、綾女さんの肩が揺れた。うるんだ瞳に動揺が浮かぶ。

「もしよかったら、話していただけませんか?」

 遠子先輩にうながされて、綾女さんは小さな声でつぶやいた。

「鹿又さんは、一詩が小学五年生のときクラスメイトだった女の子よ。けれど、二学期に、事情があって転校してしまったの」

「事情って?」

 綾女さんが、言いにくそうに口ごもる。

「クラスメイトから、ひどいいじめにあったらしいの。教科書や体操着が切り裂かれたりして……それで、図工の時間に、彫刻刀で、自分をいじめていた子に、切りかかったのよ」

 彫刻刀だって!?

 ぼくは息をのんだ。遠子先輩も目を見張る。

 綾女さんは顔を伏せ、膝の上で組んだ手に辛そうに力を込めた。

「そのあとすぐ、鹿又さんは転校してしまったけれど……。そのときの担任の先生がね、みんなの前で一詩に、『あなたのせいで、こんなことになったのよ』って言ったらしいの。一詩はそのことを家族の誰にも話さなかったから、ずいぶんあとになって、人から聞いて驚いたわ。その人の弟が、一詩と同じクラスだったの」

「芥川くんのせいって、どういうことですか?」

「……わからないわ」

 綾女さんが首を横に振る。

 「一詩が先生に嘘をついたせいで、鹿又さんがいじめられるようになったって聞いたけど……事件から半年もたっていたし、今さら一詩に尋ねたりできなかったのよ。それに、事件のすぐあとに母が入院してしまったの。母は前から具合が悪くて、入院と退院を繰り返していたのだけど、今度はいつ退院できるかわからなくて……」

 綾女さんの声が、だんだん小さくなってゆく。

「一詩は、母が病気がちなのは自分のせいだと思っていたみたいなの。一詩を出産したあと、母は体を壊してしまったから……。それであの子は母に心配をかけないように、自分のことは、全部自分でやるようになったし、誰にも悩みを打ち明けない子になってしまったのよ……」

 胸が----締めつけられた。

 ぼくの知っている芥川くんは、真面目で、優等生で、いつも穏やかで、みんなに信頼されている立派な人だ。そうした自分を、芥川くんはお母さんのために、自分の意志で作りあげてきたのだろうか。

「だからね……学校で、先生にそんなことを言われたうえに、母が長期で入院することになって、一詩は本当に辛かったと思うの。けど、あたしたちも、母のことと自分たちのことで手一杯で、一詩を気遣ってあげる余裕がなかったのよ。大人びているけど、あのとき一詩はまだ、たった十一歳の小学五年生の男の子だったのにね……」

 うなだれる綾女さんの表情から、弟に対してすまないと思っている気持ちが伝わってきて、ぼくの胸はますます痛くなり、喉が苦しくなった。

 これ以上、聞いてはいけない。

 どす黒い不安が、胸に広がってゆく。

 聞いたら引き返せなくなる。

「一詩が彫刻刀で人を切ったと聞いたとき、小学校のときの事件を思い出したわ。さっき、鹿又さんの名前を一詩が口にしたときも、頭を殴られたような気がした……。きっと……一詩はずっと、あの事件のことを引きずっていたのね」

 遠子先輩は眉を下げ、辛そうな顔で、綾女さんの言葉に耳を傾けている。

 そのとき、腕に包帯を巻いた芥川くんが戻ってきた。

「一詩!」

 綾女さんが、芥川くんに駆け寄る。

 芥川くんは、不自然なほどに静かな顔をしていた。

「心配をかけてすまなかった。怪我は大したことはない。すぐに治るそうだ」

 その落ち着きように、綾女さんが声をつまらせる。

「あんたって、本当に----優等生のくせに、なにやってんのよ、すまなかったじゃないわよ。本当に、本当に----」

 泣き出してしまった綾女さんを、芥川くんが片手でそっと抱き寄せる。騒ぎを起こして病院へ連れてこられたのは芥川くんのほうなのに、まるで立場が逆だった。綾女さんの肩を抱いたまま、ぼくらのほうへも頭を下げる。

「天野先輩たちにも、迷惑をかけました。まだ学校側の処分も決まっていませんし、今日は取り込んでいるので、また今度、話をさせてもらえますか」

 淡々と語られたその言葉は、遠回しな拒絶のように感じられた。

 意外なことに、遠子先輩はあっさり引きさがった。

 芥川くんを見上げて、涼やかに微笑む。

「わかったわ。けど、もしきみに、悩んでいることや困っていることがあったら、ちゃんと言ってね? わたしも心葉くんも、きみの力になりたいと思っているのよ」

 ぼくは、その通りだとはとても言えず、視線を微妙に下へ向けて黙っていた。

 

 病院を出ると、外はすっかり暗くなり、肌に突き刺さるような冷たい風が吹いていた。

 停留場で、並んでバスを待つ。

 沈黙が一、二分続いたあと、遠子先輩が言った。

「わたし、鹿又さんの事件を調べてみようと思うの。何故、芥川くんがここまで追いつめられてしまったのか、なにを苦しんでいるのか----。図書室の本が切られたことも、芥川くんが彫刻刀で五十嵐くんを切ったことも、全部、その事件に繋がっているような気がするのよ」

「ぼくは反対です。そんなのお節介です。他人の秘密をほじくり返す権利は、ぼくらにはありません」

 遠子先輩が、ちょっと眉を下げる。

「心葉くんはいつもそうね。でも、芥川くんは他人じゃなくて、心葉くんの友達でしょう?」

 とっさに叫びそうになった。

 そんなの遠子先輩が、勝手にそう思っているだけじゃないか! 芥川くんは友達じゃない! ぼくは友達なんかこの先も作らない!

 けれど、そう言えば、きっと遠子先輩は今よりもっと哀しそうな顔で、ぼくを見るだろう。一年生のとき文芸部に入ったばかりの頃、時折ぼくに向けられたその顔が、ぼくは苦手だった。

 黙っているぼくに、遠子先輩は今度は毅然とした顔になり、言った。

「取り返しがつかないことになってから後悔しても遅いのよ。心葉くんが嫌っていうなら、わたしは一人で芥川くんが卒業した小学校へ行くわ」

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

[#ここから太字]

 この手紙は、きみへの警告だ。

 どうか逃げてくれ。

 きみが、オレの心臓に甘い毒をまぶした手をかけ、揺さぶるたびに、心が狂おしくざわめく。もはや、自分の内側で荒れ狂う破滅的な衝動を、抑えることができない。

 きみを切り裂きたいと、震えるほどに想う。昼も夜も、まぶたの裏にきみのことばかりが浮かぶ。

 憎しみに満ちた眼差しを、オレに向けるその凜とした白い顔を、高慢な細い喉を、ずたずたに切り裂き、耳を、鼻を、削ぎ落とし、眼球を扶り出したいと、欲するのだ。柔らかな胸に無数の十字架を刻み、噴き出る生温い血で、きみの全身を染め上げたいと心が叫ぶのだ。

 逃げてくれ。

 オレは、きっときみを、切り裂く。

[#ここまで太字]

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

 金曜日の放課後。結局ぼくは遠子先輩にくっついて、芥川くんの母校を訪問した。

「一人で行くわっ」という遠子先輩のあの言葉は、脅迫に等しかった。こんな無鉄砲な人を、一人で放置できるわけがない。

 遠子先輩は、来客窓口で、「卒業生なんです。見学させてください」と爽やかな笑顔で言い切り、スリッパに履き替えて歩いていってしまった。

 ちょうど秋の絵画コンクールかなにかをしているらしく、壁一面に生徒の書いた絵が飾られ、入賞作品に金色の紙が貼られている。

「まず職員室へ行ってみましょう。当時のことを知っている先生が、残っているはずよ」

「部外者にいじめの話なんか教えてくれるでしょうか?」

「そこは誠意を持って、どーんと訴えるのよ」

 遠子先輩が握り拳を作る。

 それから壁の絵を見て、急に表情をなごませた。

「けど、懐かしいわねぇ。わたしも自分の小学校へ行ってみたくなっちゃったわ。ねぇ、心葉くんは、どんな小学生だったの?」

「普通ですよ。工作の時間は、まじめに粘土をこねたり、画用紙を切ったりしてましたし、動物委員の仕事で、クラスで飼ってるデメキンに、ちゃんと餌もやってました」

 美羽に会ったのも小学生の頃だったと思い出す。

 小学三年生の夏、美羽は、ぼくのクラスに転校してきたのだ。

 

 ----朝倉さんって呼ばれるのも、美羽ちゃんて呼ばれるのも嫌。美羽って呼んで。あたしも、コノハって呼ぶから。

 

 ----でも、みんなにからかわれるよ。

 

 ----そんなのが怖いの? あんたって弱虫ね。呼びたくないならいい。

 

 ----ううん。呼ぶよ。美羽って呼ぶよ。

 

 幼い日の美羽とぼくが、手をつないで廊下を駆けてゆく姿が幻のように浮かび、目眩がした。

 動揺を隠して、ぼくは問い返した。

「遠子先輩こそ、やんちゃばかりして、先生やご両親を困らせていたんじゃないですか?」

 すると、思いがけず真面目な答えが返ってきた。

「三年生くらいまでは、大人しくて内気な子だったわ。本当よ。給食の時間が憂鬱でたまらなかったわ。今日も、学校へ行って給食を食べなきゃならないって思うと、おなかが痛くなるの」

 突っ込みをいれようと待ちかまえていた口を、そっと閉じる。

 ぼくらが普通に食べている食事の味を、遠子先輩は感じることができない。

 嬉しそうに語る本の味だって、ぼくらの知っている味に置き換えた、遠子先輩の�想像�でしかないのだから----。

 そのことを小学生の女の子が、受け入れることができたのかどうか……。

 みんなが美味しいと食べているシチューやプリンの味が、わからない。なんの味もしない。それを知ったとき、遠子先輩はどう思ったのだろう。

 遠子先輩が、やわらかに微笑む。

「けどね。お家へ帰ると、お母さんが玄関で待っていて、『給食を残さず食べた? そう、頑張ったわね、えらかったわね』って頭をなでて、甘いおやつを書いてくれるの。お母さんの�おやつ�……美味しかったな。わたしもお父さんも、お母さんが書くごはんが、大好きだったわ」

 遠子先輩は、知り合いの家に下宿している。お父さんとお母さんは、どこにいるのだろう? それに今の話からすると、お父さんも遠子先輩のように、紙を食べるのだろうか? 一体、どんな家族なんだ。

 と、遠子先輩が急に目を輝かせ、二年生の教室に入っていった。

 何事かと思い追いかけると、小さな木の棚に並ぶ児童書を見て、はしゃいでいた。

「見て見て心葉くん。学級文庫よ。懐かし〜。『ああ無情』のダイジェスト版があるわ。これ、ジャンとコゼットが幸せに暮らしはじめるとこで終わっているのよね。完全版を読んだときはジャンがあんなことになっていてショックだったわ。あぁ、『若草物語』もある。クリスマスにご馳走を届けにいくシーンが大好きで、何度も読み返したわ。それにそれに、『エルマーのぼうけん』『モチモチの木』なつかし〜〜。食べた〜〜〜い」

 

 ぼくは思わず声を荒げた。

「なにしに来たんですか、あなたは!」

 遠子先輩が、抱きしめた『モチモチの木』で顔を半分隠し、しゅんとする。

「ごめんなさい。つい」

 眉を下げ気弱な上目づかいで言ったあと、急に本をばっとおろし、目を見張り叫んだ。

「そうだわ、わかったわ! 心葉くん!」

「なにがですか?」

「今まで切られた本よ! あれは教科書に載っていた作品なんじゃないかしら?」

 そう言って、夢中で語り出す。

「ジェイン=ヨーレンは『月夜のみみずく』でしょう? 椋鳩十は『大造じいさんとガン』、小松左京は『宇宙人の宿題』、北原白秋は『海雀』を小学校の国語の教科書で読んだし、有島武郎の『一房の葡萄』と、伊藤左千夫の『野菊の墓』は、夏休みの読書感想文の課題図書だったわ。そう、確か小学五年生のときよ」

 タイトルを並べられると、ぼくも覚えがあるような気がした。『月夜のみみずく』は、冬の夜に父親とフクロウを探しにゆく女の子の話だっけ?

「つまり、図書室の本は、無差別に切られていたわけではないってことですか?」

「そういうことになるわね。でも、どうして本を切ったのか……」

 遠子先輩が指を唇にあて、考えに沈みかけたときだ。

「あなたたち、なにをしてるの?」

 ぼくはハッとした。

 胸にバインダーを抱えた五十歳前後の女性が、不審そうにぼくらを見ている。

「す、すみません。あの、ぼくらはその……」

 あたふたするぼくの前に、遠子先輩がずいっと進み出る。

 真剣を絵に描いたような表情に息をのむ職員のほうへ、さらに足を踏み出し、いきなりまくしたてたのだった。

「わたしたちは、こちらの卒業生の芥川一詩くんの先輩とクラスメイトです。一詩くんのことで、どうしてもうかがいたいことがあってお邪魔しました。お願いします! 非常に切羽詰まっているんです。わたしたちに力を貸していただけないでしょうか?」

 

 熱心な訴えが、教育に携わる人の心を動かしたのか、遠子先輩の優等生然とした容姿がプラスに働いたのか----。

 ぼくらは教育相談室とプレートのかかった小部屋に通され、白いソファーで話を聞かせてもらうことになった。

 遠子先輩が体当たりトークをかました山村先生は、二回ほど芥川くんの担任をしたことがあるらしく、事件のことをよく覚えていた。

「当時、芥川くんのクラスの担任だった桃木ユカ先生は、若くて熱心な先生だったけど、その分、生徒に過剰な期待を持ちすぎていたのね。自分のクラスの子がいじめられて、その子が授業中に彫刻刀でクラスメイトに切りつけたなんて、受け入れることができなかったのだと思うわ。あのとき桃木先生が、芥川くんに言ったことは、どんな理由があったにせよ、教師として最低です。桃木先生もそれは自覚していて、ひどく後悔していたわ……。あとで芥川くんに謝ったみたいだけど、一度口にした言葉は取り消せるものじゃないわ。自分でも教師失格だと感じたんでしょうね。そのあとすぐ学校を辞めてしまったわ」

 遠子先輩が尋ねる。

「どうして、桃木先生は、芥川くんを責めたんでしょう? 芥川くんはなにをしたんですか?」

 山村先生が暗い顔でつぶやく。

「クラスメイトがいじめられていると、桃木先生に報告したのよ……。

 芥川くんは学級委員長として当然のことをしただけで、責められるようなことはなにもしていないわ。けれど、実際には、いじめはなかったの。なのに、いじめをしていると疑われた子が怒ってしまって、本当のいじめがはじまってしまったの。その子がリーダーになって、クラスの半数が、一人の子を、無視したり、ものを隠したり、わざと足をひっかけて転ばせたりするようになったのよ」

 山村先生の言葉のひとつひとつが、胸に重くのしかかる。

 芥川くんが悪いわけではない。

 けれど、もしぼくが彼と同じ立場だったら----自分の発言のせいでいじめが起こり、それを担任の先生に責められたら----きっと冷たい刃で切り裂かれているような気持ちになるだろう。決して忘れられない傷になるだろう。

 遠子先輩も、哀しそうな顔をしている。

 山村先生は、溜め息をついた。

「いじめられていた鹿又さんと芥川くんは仲が良くて、よく二人で図書室で勉強をしていたわ。鹿又さんは一人でいることが多い子だったけど、芥川くんとだけは楽しそうに話していたのを覚えているわ。だから余計に芥川くんは辛かったんでしょうね……」

 --─鹿又は、まだオレを許していない!

 顔をゆがめ、血まみれで叫んでいた芥川くんの姿を思い出し、喉がぎゅっと締めつけられた。

「私が話せることは、これで全部よ。少しでも芥川くんの役に立てるのならいいのだけど」

「ありがとうございます。あの、もし、当時のクラス写真があったら見せていただけますか?」

 山村先生は、ためらっているようだったけれど、

「……少し待っていてね」

 と、つぶやいて立ち上がり、部屋の奥の棚から、紐で閉じられた新聞の束を持って、戻ってきた。

 毎月学校で発行されているもののようで、通常の新聞の半分のサイズだ。それをめくってゆき、手を止める。

「これが、五年三組の写真よ」

 遠足の集合写真のようで、観覧車の前に、荷物を持った子どもたちが並んでいる。季節は今ぐらいだろうか? みんな長袖にニットのベストを重ねたり、カーディガンを羽織ったりしている。

「この子が芥川くんよ」

 写真の一番左はじに写っている背の高い、整った顔の少年を、差し示す。

 そのまま隣に、つっと指を移動する。

「そして、この子が、鹿又さん」

 ロングヘアの大人しそうな女の子を見て、ぼくは、あっ、と思った。

 その子がどことなく、更科さんに似ているような気がしたのだ。髪型とか、雰囲気とか……。

 それだけではなく、その子が持っている手提げのバッグに、見覚えのあるうさぎのマスコットがぶらさがっていたのだ。

 淡いピンク色のうさぎ----。

 芥川くんの部屋に転がっていた、首と手を切断されたうさぎに似ている。いや、その前にも同じものをどこかで見たことがあるような……。

 

『うさぎがいない』

『へ?』

『遠子先輩とショップへ行ったときに買ったやつ。どうしよう、どこでなくしたんだろ』

 

 そうだ! 琴吹さんが鞄に下げていたうさぎだ!

 そのことに気づいたとたん、あらたな疑惑が胸を冷たくした。まさか芥川くんの部屋にあったうさぎは、琴吹さんのうさぎなんじゃ!?

 いや、もしそうだとしても、どこかで拾って、琴吹さんのものとは知らずに持ち帰ったのかもしれない。

 隣で写真を見ていた遠子先輩が、一番右端に立つ女の子に、白い指を置く。

「この子は、誰ですか?」

 ぼくはまた、叫びそうになった。

 それは、冷たい顔をしたショートカットの女の子だった。不機嫌そうに唇を結んだその子が肩にかけている鞄に、鹿又さんと同じピンク色のうさぎがぶら下がっている。

 背筋を冷たい汗がこぼれ落ちる。果たしてこれは、偶然なのだろうか?

 山村先生は、遠子先輩の問いに、急に表情をこわばらせた。

 言いにくそうにショートカットの少女の名を告げる。

「……小西さんよ。彼女がどうかした?」

「いえ。鹿又さんとおそろいのうさぎのマスコットを持っているので、仲が良かったのかなと思ったんです」

「さぁ、どうだったかしら? 鹿又さんは芥川くん以外にお友達はいないようだったけど。女の子の間で、たまたまこのうさぎが流行っていたのかもしれないわね」

 歯切れの悪い声で言い、紙面を閉じてしまった。

 

「どう思う? 心葉くん?」

 校門に向かって歩きながら、遠子先輩がつぶやく。

「鹿又さんと小西さんが、同じうさぎのマスコットを持っていたのは偶然なのかしら? それに、山村先生も様子が少しおかしかったわ。わたしたちに小西さんのことを教えたくなさそうだった」

「……ぼくも、それは感じました」

 遠子先輩が立ち止まり、澄んだ黒い目でぼくを見つめた。

「わたしね、小西さんは、鹿又さんをいじめていた子なんじゃないかと思う」

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

[#ここから太字]

 二人が出会ったことは間違いだったと、最初に言ったのは、きみだっただろうか? それともオレが先だったろうか?

 少なくとも、その点だけは、オレたちは同じ気持ちだったし、同じ後悔と、同じ痛みを抱えていた。

 幼い日、あの教室で誓い合ったことは儚い幻でしかなく、目と目を見交わし心を結びあったと思ったのも愚かな錯覚だった。

 オレたちが見つめていたのは、結局自分自身だけで、相手が何者であるかも----その内側に、どんな秘密を抱いているかも、まったく理解していなかったのだ。そして、

 自分の中に潜む怪物の正体も。

 今このときもオレたちは、同じ苦しみを抱えている。

 そのことだけが、オレたちを寄り添わせている。

 けれど、きみの暗い欲望は、オレを追いつめる。

 

 お母さん、俺は、楽になりたい。

[#ここまで太字]

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

 日曜日は、家で舞花の相手をして過ごした。

「ねっ、お兄ちゃん、もう一回」

 ねだられるまま、テレビの前で対戦型の格闘ゲームを続ける。濁りのない大きな瞳をくるくる動かして、歓声を上げたり、笑ったりしている舞花を見ていると、不思議な気持ちになる。ぼくも子どもの頃は、こんなに無邪気だったのかな。

 美羽のことがなければ、ぼくは他人を疑ったり、恐れたりせず、白く強い心を持ち続けることができたのだろうか。

 失敗するたびに、人は臆病になり、汚れてゆくような気がする。

 小学生の芥川くんも、大きな失敗をした。そのときの記憶は、今も彼を苦しめている。

 美羽のことを思い出すたび息ができなくなるぼくと、鹿又さんに対して自責の念を抱き続けている彼は、きっと似ているのだと、苦い気持ちで思った。

 

「いってきます」

 翌朝月曜。部室で遠子先輩と待ち合わせをしていたので、ぼくは早めに家を出た。

 週末に芥川くんの母校を訪ねた帰り道、遠子先輩は鹿又さんと小西さんが鞄に下げていたうさぎのマスコットに、ずいぶんこだわっていた。

 琴吹さんのうさぎのことを話すと、思案する目つきになり、つぶやいた。

『そう……ななせちゃんのうさぎが、いなくなっちゃったの?』

『芥川くんの部屋に、刻まれたうさぎが転がってましたね』

『そうね……』

 少しの間沈黙したあと、遠子先輩は指を唇にあてて考え込みながら言った。

『あのうさぎは定番の人気商品で、色によってそれぞれ意味があるのよ』

『意味って?』

『赤は勉強運、黄色は金運、青は友達運みたいな』

『ピンクはなんですか?』

『恋愛運よ。あのうさぎを身近に置いておくと、好きな人と両想いになると言われているの。だから、ピンクは一番人気なのよ』

 琴吹さんが恋愛運を気にするなんて驚いた。普段は、男なんて目じゃないって態度なのに。

 一方で、鹿又さんと小西さんが、同じお守りグッズを持っていたことが、一層、もやもやした謎になって、胸の中に広がってゆく。

 遠子先輩は、鹿又さんをいじめていたのは、小西さんではないかと話していた。

 だとしたら、芥川くんと鹿又さん、小西さんの関係は、より痛みをともなうものになるのではないか。

 何故、小西さんが鹿又さんをいじめたのか。その根底にあったものは----。

『芥川くんは図書室の本を切っていないし、五十嵐くんを傷つけてもいないと、わたしは今でも思っているわ。けれどそうしたら……』

 遠子先輩は完全に黙り込んでしまった。なにを考えているのか、わかってしまったので、ぼくはどろどろした闇の中に立っているような不安な気持ちになった。

 別れ道で、遠子先輩が言った。

『月曜日の朝、ホームルームがはじまる前に、文芸部の部室へ来て。それまでに気になることを調べておくわ』

 

 肌をぴりっと刺すような晩秋の風の中、透明な日差しを受けて、いつもの通学路を歩いていると、郵便ポストの前に立つ、芥川くんを見つけた。

 突然の邂逅に、心臓が一瞬停止する。

 芥川くんは学園の制服を着ていた。自転車を脇に止め、背筋をまっすぐ伸ばし、手に持った長方形の白い封筒を見おろしている。

 男らしく整った横顔に憂いがにじんでいて、封筒を見つめる眼差しは、こちらの胸が苦しくなるほど、切なげで哀しそうだった。

 

 近づいてはいけない。

 

 声をかけちゃダメだ。

 

 頬をこわばらせ、唇を噛み、必死に言い聞かせる。

 けれどぼくの足は、引き寄せられるように彼のほうへ向かっていた。

 きっと、綾女さんや山村先生の話を聞いてしまったせいだ。

「芥川くん」

 消え入りそうな声でつぶやくと、手に封筒を持ったまま驚いてぼくのほうを見た。

「……井上」

 ぼくは笑うことができず、ぎこちない顔で言った。

「学校、出てこれるようになったんだね」

 芥川くんの表情も硬い。

「ああ……。とりあえず」

「よかった」

 沈黙が流れる。芥川くんがためらうように口を開く。

「……この前は、天野先輩とわざわざ訪ねてくれたのに、すまなかったな」

「ううん。傷はどう?」

「大部いい。腕をあげれば、風呂にも入れる」

「そう」

 また沈黙。

 今度はぼくから口を開いた。

「あの……」

 芥川くんは切なそうにぼくを見つめている。

「手紙……」喉でからむ声を、無理矢理|絞り出す。「よく、投函しているのを見るけど……誰に出しているの?」

 芥川くんの視線が、わずかにそれた。

「……」

 続く沈黙におなかの下のほうがズキズキし。

「また家族に頼まれたの?」

 弱気に尋ねたとき----。

 芥川くんが溜め息をついた。

「いや、オレの手紙だ。前のもそうだった」

 広い背中を、ぼくに向け、封筒をポストにそっと落とす。

 それから振り返り、どこか切ない感じのする静かな顔で言った。

「少し、つきあってくれないか、井上」

[#改ページ]


最后编辑于:2015-05-07 16:34

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