文学少女4:六章 死と氷の歌

发表于:2015-05-10 19:49 [只看楼主] [划词开启]
时间:2015-05-10 19:48~2015-05-31 19:48
地点: 南京
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六章 死と氷の歌

 

 あの晩、琴吹さんと手をつないで家に帰った。

 真っ暗な道を、ゆっくり、ゆっくり、歩きながら、ぼくが水戸さんのことを語る間、琴吹さんは目を伏せて、じっと耐えていた。

 ときどき、握りしめた手が儚げにぴくりと震えた。そのたび、励ますように指に力を込める。そうすると、向こうもおずおずと握り返してくる。

 家の前で別れるとき、琴吹さんは赤い目をして言った。

「今年も夕歌とクリスマスを過ごせるって、あたし信じるよ。だって夕歌は、これからもずっと親友だから」

 

 毬谷先生とは、連絡がとれないままだった。

「心配することないわ。マリちゃんのことだから、きっと涼しい顔で戻ってくるわ」

 大学の近くの喫茶店で会った粧子さんは、苦笑しながら言っていた。

「マリちゃんは、常識とかお金とか栄誉とか、そんなものに縛られたりしないの。学生時代も、みんなが必死になって上を目指している中、いつも瓢々としてトップに立っていたわ。なのに、それもあっさり捨ててしまった」

 煙草を吸う手を休め、羨ましそうな眼差しになる。

「わたしも……マリちゃんみたいに、生きられたらと思うわ」

 教師って大変なのよと、冗談めかしたあと、粧子さんは、学校の様子を教えてくれた。

「今は代役を立てて稽古をしているわ。水戸さんは、まだ主役のままだけど……当日、彼女が現れなければ、代役の子が、舞台に立つことになるでしょうね」

 

 また麻貴先輩から、毬谷先生が外国のコンクールに入賞したときの、映像を見せてもらった。舞台の上に、黒のタキシードを着て立つ先生は、晴れ晴れとした表情で、明るい歌声を響かせていた。

 麻貴先輩は、高く組んだ膝に片肘を乗せ、聞き惚れている様子だった。

「高音の伸びが素晴らしいでしょう。子供の頃は、聖歌隊で歌っていたのよ。天使の歌声と言われていて……その頃のCDを聴いたことがあるけど、鈴を振ったような澄みきった、美しいソプラノだったわ」

 天使という言葉に、ドキリとする。

 麻貴先輩は、口元にあでやかな微笑みを浮かべた。

「芸術の世界は、たまにとんでもない化け物を生み出すわね。だから興味がつきないんだけど。……東洋人は西洋人から見ると、年齢不詳な感じがするから、歳をとらない無性の天使なんてあだ名が、ついたのかもしれないわね」

 無性……。男でもなく、女でもないもの——。確かに毬谷先生は、どこか中性的な雰囲気があった。水戸さんの天使も、先生なのだろうか?

「なににしても、もし水戸夕歌が、�音楽の天使�に選ばれた歌い手であるなら、必ず発表会に現れるはずよ」

 麻貴先輩は、なにかを知っているのかもしれなかった。けれど、したたかな彼女が口を割るはずはなかった。

 

 臣くんは、ずっと学校を休んでいる。琴吹さんは、「臣は、もともと体が弱いから」と言っていたけれど、ぼくはもちろん、そんな風に思えなかった。

 少なくとも彼は、毬谷先生となにか関わりがあるはずだ。ぼくが井上ミウであることを何故彼が知っているのかも、気になっていた。

「そういえば琴吹さん、おかしなメールが送られてこなかった? この前、保健室で、森さんに『ファントムが』って言ってたって聞いたけど」

 琴吹さんは頬を赤らめ、急にそわそわした。

「あ、あれは……。不幸の手紙みたいなチェーンメールが来て、すごく怖かったから。ついファントムと重ねちゃったんだ。よくあるいたずらなのにさ、ちょっと弱気になってたみたい。もう平気だよっ」

 あんなに怯えていた理由は、それだけではないような気がしたのだけど……。唇を尖らせ、強がってみせる様子が健気で、最後まで守ってあげたいと思った。

 

 はたして、水戸さんは発表会に現れるのか——。

 クリスマスも目の前に迫っている。

 

 遠子先輩は唇に人差し指をあて、ぼくの話に真面目な表情で耳を傾けたあと、

「日曜日は、業者テストなのよ」

 と、悔しがっていた。

「まだ、国立|狙いなんですか」

「もちろん」

「じゃあ、発表会のことは忘れて、死ぬほど勉強してください」

「あー、なんで溜息なんかつくの〜。もぉっ、次は絶対C判定をとってやるぅ」

「それ、全然|安全圏じゃありませんから」

 

 そんな風にして、当日を迎えた。

 

 街はすっかりクリスマス一色で、通りにクリスマスソングが流れ、そこを歩く人たちも、どこかうきうきしてて楽しそうだった。

 コンサートは十一時からで、大学の敷地内にあるホールに、ぼくらは三十分も早く辿り着いた。広々としたロビーには、学生の発表会だというのに、名札のついたスタンド花がいくつも飾られ、受付にも花束が積み上げられている。

 琴吹さんも、真っ青な薔薇の花束を、胸にしっかり抱えていた。

「その薔薇、ものすごい青だね。そんな色、見たことないよ」

 琴吹さんが、ちょっぴり恥ずかしそうに言う。

「夕歌が、一番好きな花なの。ネットで注文したんだ。本当の色じゃなくて、白い薔薇を青く染めてるんだって。花言葉は、神様の祝福っていうんだよ」

 今日の琴吹さんは、リボンのついたワンピースの上から、コートをふんわり羽織っている。服装のせいか、いつもよりおしとやかな雰囲気で、可愛かった。

「神様の祝福か……良い意味だね」

「うん。夕歌の十七歳の誕生日に、彼氏がこの薔薇をくれたんだって。夕歌ね、すごく喜んで、携帯で薔薇の写真を何枚も撮って、あたしにメールで送ってきたんだよ」

「きっとまた喜んでくれるよ、水戸さん」

「だと……いいな」

 受付で粧子さんを呼んでもらうと、ひどくやつれた様子でやってきた。

「水戸さんが、まだ来ないのよ」と、苦い口調で告げる。

 目の下にクマができていて、肌がくすんでいる。ちょっと苛々しているようだった。きっと楽屋で、水戸さんが現れるのを、胸が潰れる思いで待ちわびていたのだろう。

 上演後にまた来ますと言って、ぼくらは粧子さんと別れた。

「水戸さんには、発表会が終わったら楽屋で会えるよ。そうしたら花を渡そう」

「……うん」

 琴吹さんは、がっかりしているのだろう。元気のない顔でうなずく。抱きしめた青い薔薇が、歩くたびにかすかに揺れる。

 ぼくらの席は、二階の一番前だった。

 毬谷先生は、来ているのだろうか。それに、臣くんは。

 観客を見渡してみたけれど、人が大勢いすぎてわからなかった。

 やがて、場内に『携帯の電源をお切りください』とアナウンスが流れ、ホールが暗くなり、開演のベルが鳴り響いた。

 オペラ『トゥーランドット』が、はじまったのだ。

 中国の皇帝の姫、トゥーランドットは残忍な性格で、自分に求婚する男たちに三つの謎をかけ、それに答えられなければ首をはねてしまう。戦争で国を追われた流浪の王子カラフは、ペルシアの王子の処刑の場に居合わせ、氷のような姫に、強い憤りを覚える。

 しかし、その直後に、高楼に現れた姫の美しさにたちまち心を奪われ、周囲が止めるのもきかず、姫に求婚し謎解きを願い出るのだ。

 カラフ役の男性は客演で、プロで活躍しているオペラ歌手らしい。夕暮れに染まる皇帝の居城を背景に、華やかなテノールが、トランペットのように若々しく響き渡る。

 

『わたしは全身すべて熱情、わたしは全身すべて渇望!

 いずれの感覚も激しい責め苦だ!

 心の琴線いずれもが

 一つの語を抱き、それを叫んでいる、

 トゥーランドット! トゥーランドット! トゥーランドットと!』

 

 すごいっ。

 マイクの効果もあるだろうけど、人間の声ってこんなに、高く響くものなんだ。本当に楽器みたいじゃないか!

 歌はイタリア語だったけれど、事前に内容が頭に入っているので、どの場面かだいたいわかる。喜怒哀楽が、くどいほどにはっきりしていて、登場人物の感情が歌に乗り、圧倒的なパワーで胸に食い込んでくる。

 トゥーランドットの出番は、まだ先だ。水戸さんは、舞台に現れるのか。

 こめかみがずきずきし、時間がもどかしいほどに長く感じられた。

 青い薔薇を抱えた琴吹さんが、祈るような眼差しで、舞台に見入っている。

 一幕が終わり、二幕に移ると、セットが城の中に変わった。

 姫の気まぐれに振り回される大臣たちの嘆き。城内の広場に集まってくる人々。皇帝と、カラフのやりとり。

 今すぐこの場を立ち去るよう忠告する皇帝に向かって、カラフは決然と歌い上げるのだ。

 

『天子よ! 私は願い上げます、

 この試練に挑むことを!』

 

 ああ、もうすぐだ。

 手のひらに、冷たい汗がにじみ、息が苦しくなる。

 もうすぐ、トゥーランドットが現れる。

 舞台の中央に組まれた、高い階段。

 その頂上にライトがあたり、コーラスが唱和する。

 

『姫様、ここへお出ましください!

 みな輝きましょう!』

 

 琴吹さんが身を乗り出す。ぼくも、まばたきをすることも忘れて、階段を凝視した。てっきりそこからトゥーランドットが、セリであがってくるかと思ったのだ。

 けれど、トゥーランドットは姿を現さない。

 他の観客も不審に思ったのだろう。ざわめきが波のように広がってゆく。

 水戸さんは、間に合わなかったのか——!

 そのとき、思いがけない方向から、澄みきった高音が響き渡った。

 客席一階の、後方。

 そこから、中央の通路を、舞台に向かって進んでくる少女がいる。

 空気を凍りつかせるほどの威厳を漂わせ、裾を長く引きずった赤と金の煌びやかな薄衣を身にまとい、頭に大きな金色の冠をかぶった、長く美しい黒髪の乙女——。

 殺戮の姫、トゥーランドット!

 客席がどよめく。

 トゥーランドットの顔の上半分は、白い仮面で、すっぽりと覆われていたのだ。

 けれど、そんな困惑はすぐに、ホールを支配する女神の歌声に、かき消されてしまった。

 まるで透明な翼のようにきらめきながら、天空の遥か彼方まで飛翔し、伸びてゆく声!

 豊かで力強い高音が、その恐るべき威力を微塵も弱めることなく、ホールの壁やロビーへ続く扉を突き破る勢いで、とどろく。

 

『この宮殿に、今や幾千年になる昔、

 絶望の叫びが響いた』

 

『そしてその叫びは子々孫々を経て

 ここに、私の魂に宿った!』

 

 それはまさに、人智を超えた歌声! 天の楽器が奏でる、至高の、至福の、歌だった。

 血みどろの姫、死を呼ぶ姫、氷の姫。なのにその声は、降り注ぐ光のように透明にきらめき、鋼のような強靭さを持ち、トゥーランドットという少女を、血なまぐさい殺戮者ではなく、白く穢れない至高の存在へと高めてゆく。

 人の男が触れてはならない、美しく無慈悲な純潔の乙女。

 彼女は舞台の中央に辿り着くと、ライトを一身に浴び、狂気のように高く澄んだ声を、ホールの隅々にまで響かせた。

 昔、異国の王に連れ去られ、陵辱され死んでいった祖先の姫の復讐をするために、この身は誰のものにもならないのだと。

 

『私はそなたらに仇討ちをなすのです、

 あの清純|無垢なお方の、あの叫びの

 そしてあの死の!』

 

『断じて何人も私を得ますまい!

 あの方を殺めた者への憎悪が

 私の心には生々しくあります!』

 

『否、否! 断じて何人も私を得ますまい!』

 

 この声は、どこまで高く伸びてゆくのか!

 高音になればなるほど、力強さを増し、天に向かって自由に羽ばたいてゆく。

 ぼくは、声楽の勉強をしたわけではないし、オペラにも詳しくない。だけど、この声が、会場中を熱っぽい幻想の渦に引きずり込んでいることは、疑いようがなかった。

 トゥーランドットの声と、カラフの声がからみあう。

 女性のソプラノと男性のテノール、二つの高音が、互いを屈服させようと、激しく天上に駆けのぼってゆく。

 カラフの声が途絶えても、トゥーランドットの声は力の差を見せつけるように、さらにその上へと伸びてゆく。

 二幕が終わるのは、あっという間だった。

 トゥーランドットが出した三つの問いに、カラフは見事に答える。

 それでもトゥーランドットは、カラフの愛を拒もうとする。そんな彼女に、カラフは夜明けまでに自分の名をあててみよと、逆に謎を仕掛けるのだ。

 もし、姫が、その名をあてれば、自分は死ぬと。

 

『貴女は私の名をご存じない!

 私に私の名をお告げなさい、

 夜明けまでに!

 さすれば夜明けに私は死ぬといたします!』

 

 うなずくトゥーランドット。

 幕が下り、ホールが爆発的な拍手と賞賛に包まれる。

 観客は総立ちになり、酔っているようだ。

 二十分の休憩を告げるアナウンスが、嵐のような拍手にかき消され、切れ切れにしか聞こえない。

 琴吹さんが、真っ青な顔で立ち上がった。

「あたし……っ、楽屋へ行ってみる! 舞台が終わるまで我慢できない」

 胸苦しいような不安を感じたまま、ぼくは琴吹さんと一緒に、楽屋へ向かった。

 中へ通してもらえなくても、せめて、水戸さんの様子だけでもわかれば——。

 けれど、ぼくらが辿り着いたとき、そこは大騒ぎになっていた。

 開け放たれたドアから、スタッフが、ばたばたと出入りし、大声でわめきあっている。

「水戸さんは、まだ見つからないの!」

「ダメっ、トイレにもロビーにもいなかったわ!」

「主役が舞台を放り出して失踪しちまうなんて!」

「渡辺さん、念のためスタンバイして!」

「は、はい!」

 ぼくらは驚いて、顔を見合わせた。

 

 水戸さんが、またいなくなってしまったのだ!

 

 次の瞬間、ぼくらは駆け出した。

 水戸さんを捜さなければ! まだ、そのへんにいるかもしれない。

 どこへ? どこへ行ったのだろう?

 ホールの廊下を、あてもなくばたばたと走りながら、ぼくは叫んだ。

「琴吹さん、水戸さんの携帯を鳴らしてみて!」

 花束を抱えた琴吹さんが、ポケットから携帯電話を出し、指を忙しく動かす。

 海のように真っ青な花びらが、はらはらと床に落ちる。

「ダメっ、出ない」琴吹さんが唸った。

 そのとき——。

 聞き慣れたクリスマスソングが、耳をかすった。

 これは、『サンタが町にやってくる』だ。

 琴吹さんがハッとする。

 音の聞こえたほうへ、ぼくらは夢中で走った。

 花びらが床に次々こぼれてゆく。軽やかなメロディは途切れることなく、続いている。

 あの正面のドアからだ——!

 ノブを回して飛び込むと、中は物置だった。左右に棚があり、段ボールが積み上げてある。

 その真ん中で、あざやかな薄衣に身を包んだ仮面の少女が、首にからみつく黒いマフラーを、両手で引き離そうと、体をくねらせていた。

 背後から少女の首を絞め上げている人物を見て、ぼくらは愕然とした。

 どうして、彼女[#「彼女」に傍点]が!

 仮面の少女が足をすべらせ、棚の角を片手でつかむ。冠の房が鳴り、赤い衣がひるがえった。シンプルな黒いマフラーが、細い首に鋭く食い込み、後ろにピンと張りつめ、少女の唇から、苦しげな喘ぎ声が漏れる。

「やめてっ!」

 琴吹さんが薔薇の花束を放り出し、水戸さんの首を絞めつけている相手に飛びついた。ぼくも反対側の腕にしがみついて、止める。

「邪魔をしないでっ!」

 息を乱し、狂気にゆがんだ表情で振り返ったのは、鏡粧子さんだった。

 

「可愛がってあげたのにっ、お家が大変で困ってるというから、いいお客様を回してあげたのにっ。なのにあなたは、わたしを裏切ったのよ!」

 粧子さんはひどく興奮していて、ぼくらのことなど眼中にない様子だった。

 切れ長の美しい目に怒りと憎しみをたぎらせ、顔を真っ赤に染め、歯を食いしばり、マフラーの端を引っ張る。

 何故っ、何故、粧子さんは、水戸さんにこれほど憎しみを抱いているんだ!?

 客を回したって、どういうことだ?

 まさか——!

 ぼくは喉が裂けそうな声で叫んだ。

「あなたが[#「あなたが」に傍点]、水戸さんに援助交際のバイトを紹介したんですか[#「水戸さんに援助交際のバイトを紹介したんですか」に傍点]! 粧子さん!」

 粧子さんの手がマフラーからすっぽ抜け、後ろに倒れ込む。

 琴吹さんが「きゃっ」と悲鳴を上げ、ぼくらは同時に、床に尻餅をついた。

 棚に背中を強く打ちつけ、粧子さんが呻く。そこにもたれたまま、肩で荒い息をし、低い声で言った。

「ええ……そうよ。だって、わたしも、そうやって自分の力だけでお金を稼いで、音楽の勉強を続けてきたんですもの」

「!」

 琴吹さんが、息をのむ。

 顔に振りかかる髪を払おうともせず、粧子さんは目を無気味に輝かせて、言葉を続けた。

「音楽をやるには、お金が必要だわ。授業料だけじゃなくて、衣装代や、教材費や、コンサートのチケットのノルマや——外で個人レッスンを受けるのにも、留学をするのにも、お金が湯水のように出ていって、いくらあっても足りやしない。

 だからわたしは、貧乏で困っている女の子たちに、割のいいバイトを紹介してあげたのよ。サイトを立ち上げて、信用のできるお客様を集めてね」

 サイトの管理人は、粧子さんだったのだ!

 その事実に体が震えた。琴吹さんも目を見開いたまま、頬をこわばらせている。

「けどね、そんな風に自分を売って勉強を続けても、音楽家として成功した子なんて、一人もいやしないのよ。みぃーんな途中で挫折して、絶望して、ぼろぼろになって、夢を諦めてゆくの。……わたしのようにね」

 苦々しそうに唇を噛み、顔をゆがめたあと、粧子さんの目が、さらに鋭くなる。

「なのにっ、どうして? どうしてあなたは、あんな風に歌えるようになったのっ!?

 あなたが、みんなの前で『夜の女王のアリア』を歌ったとき、信じられなかったわ。素晴らしかった。愕然としたわ。この子は、わたしや、今までの子たちとは違う。成功するかもしれない——。そう思ったとたん、怖くて、憎くてたまらなくなったのよっ」

 ぎらぎら輝く暗い眼差しが、壁際にうずくまる水戸さんを捕らえる。乾いた唇が、恨みの言葉を吐き散らす。

「�椿�は、みんな絶望しなければならないのよっ! 最初の�椿�であるわたしがそうだったように! あなた一人が、特別な�椿�になるなんて許せない。そんなの不公平だわ!」

 棚にあった大きな裁ちバサミを握りしめると、粧子さんは水戸さんに飛びかかった。

「夕歌っ! 危ない!」

 琴吹さんが絶叫する。

 水戸さんの顔のすぐ脇の壁にハサミが当たって、火花を散らす。

 粧子さんが憎々しげに唸り、またハサミを振り上げる。

「そんな綺麗な服を着て、舞台の真ん中に立つ資格、あなたにはないわっっっ!」

「やめてぇぇぇ!」

 駆け寄る琴吹さんが、肘で跳ね飛ばされる。

「琴吹さん!」

 水戸さんのかつらの片側を、ハサミが切り裂いた。

 漆黒の髪が蛇のようにうねりながら床に落ちる。粧子さんが力任せに引っ張った衣装の袖が破れ、白い腕と、肩があらわになる。

「あなたは、わたしたちすべての椿を、裏切ったのよっ!」

 粧子さんの勢いは凄まじく、とても近寄れない。

 そのとき、粧子さんの背中越し——ドアのところに、スーツ姿の男性が立っているのが見えた。

 毬谷先生!

 あの位置なら、後ろから粧子さんを押さえられるかもしれない。

 それが無理でも、人を呼んできてくれたら——!

 けれど毬谷先生は、動かない。

 凍りつきそうな冷酷な眼差しで、この愁嘆場を見つめている。

 まるで顔に仮面でもはりつけたような、冷たい無表情で——!

 何故!? 何故、先生は、動かないんだ!

 粧子さんが、水戸さんを床に突き倒して馬乗りになり、狂ったように服を引き裂く。

「こんな衣装、あなたに必要ないっ! どんなに取り繕ったって、椿は薄汚い娼婦に過ぎないんだわ! あなたも、わたしも、真っ黒に穢れているのよ!」

 薄い布が、びりびりと音を立てて破け、素肌が露わになる。

 白い喉——胸——そして腰——!

 ぼくらは、信じられないものを見る目で、水戸さんを見つめた。

 服の下に隠れていたのは、やわらかな少女の体ではなく、引きしまった少年の体だった!

「そんな……」

 粧子さんの手が、だらりと下がる。憎しみにゆがんでいた顔に、激しい混乱が浮かぶ。

「どういうこと……! どこで入れ替わったの? 水戸さんはどこへ消えたのっ[#「水戸さんはどこへ消えたのっ」に傍点]!?」

 そのとき、ドアのところで、いるはずのない人の声がした。

 

「それは、ファントムが知っているわ」

 

 唖然とする毬谷先生の横を通り抜け、細く長い三つ編みを揺らし、首を凜と立てて、部屋に入ってきたのは、制服の上に紺色のコートを羽織った遠子先輩だった。

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