文学少女4:エピローグ 親愛なるきみへ

发表于:2015-05-10 19:52 [只看楼主] [划词开启]
时间:2015-05-10 19:51~2015-05-31 02:00
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 エピローグ 親愛なるきみへ

 

[#ここから太字]

 井上ミウが嫌いではなかったと伝えることは、とうとうできなかった。

 それは、オレが彼に、嫉妬していたからかもしれない。

 

 夕歌が死んだあの日、ななせは夕歌の携帯に電話をしてきた。留守電に混乱しきった声で、「森ちゃんたちに、あたしが井上のこと好きだってバレてるみたい。どうしよう」と吹き込まれているのを聞いたのは、ツリーの下に、夕歌の遺体を埋めたあとだった。

 夕歌が死んだことを、ななせに知らせたくなくて、せめてななせの日常だけは守りたくて、オレは夕歌の代わりに、メールを返したのだ。

 

 夕歌が、毎晩のように語っていた�ななせ�を、意識するようになったのは、いつからだろう。

 ななせは、同級生の井上|心葉に恋をしていて、夕歌に頻繁に相談をしていた。

 井上の前に立つと緊張して、つい睨んでしまうのだとか、きっと嫌なヤツだと思われている、もう終わりだ、どうしようとか、今日は少しだけ井上と話ができて嬉しかったとか、クッキーを焼いてゆこうと思うのだけど、男の子はどんな味が好きなのだろうとか、とりあえず全体に砂糖を減らしてみようとか……。ささいなことで、おろおろしているななせのことを、夕歌はいつも楽しそうに話してくれた。

 中学時代、ななせが井上に会いに図書館へ通っていたことや、それまで男嫌いだったななせが、急に女の子らしくなって、一生懸命、眉を描く練習をしたことも——。

「ねぇ、ななせは、本当に可愛いね。ななせの恋が叶うといいねぇ」

 夢見るような優しい口調で——最後に必ず、そう言うのだ。

 その頃オレは、聖条学園に生徒として在籍しており、ななせと同じ図書委員をしていたので、ななせの姿を近くで見ることができた。

 実物のななせは、写真より美人だけど、唇を尖らせ、ふくれっつらをした、一見、キツく見える女の子だった。

 けれど、それは虚勢だと知っていたので、油断したときに見せる子供っぽい赤面や、あたふたした様子に思わす口元がゆるみそうになり、困ってしまった。なるほど、夕歌の言とおり、ななせほど、素直な女の子はいない。

 井上心葉のことも、クラスへのぞきに行って、確認した。女みたいな顔で、頼りなさそうなやつだと、最初からいい印象を特たなかったのは、ななせの気持ちに気づかない鈍感さに、腹を立てていたからだろう。優柔不断な態度がどうにもカンに障って、わざと嫌味を言ったり、路地裏に誘い込んで、�声�を使って脅したりもした。

 

 井上の前の彼女のことを、ななせはずっと気にしていた。

 その彼女から、ななせにメールが届いたという。心葉は自分の犬なのだから近づくなとか、人のものを盗ろうとしたら呪われるとか、相当ひどいことが書いてあったらしく、ただでさえ夕歌のことで弱っていたななせは、完全にまいってしまった。

 あのときななせは、ファントムからメールが来たと、泣きながら夕歌の携帯にメッセージを入れ、どうか帰ってきてほしいと助けを求めていた。

 なのに、オレは、傷つき怯えきっていたななせに、なにもしてやれなかった。

 夕歌の家族が一家心中したことを知ったななせが、ショックで家を飛び出してしまったときも、夕歌の家で、一人|膝に顔を埋めて泣いているななせを、胸が裂けそうな思いで、窓の外から見ているだけだった。

 

 ななせを迎えにきて、慰めたのは、オレではなく、井上心葉だった。

 

 多分それで良かったのだ。

 井上が、ななせを抱きしめたとき、ななせが泣きながら彼にしがみついていったとき、ななせの唇が、これまで押し込めてきた想いをようやく告げたとき、オレの患が止まり、火の中に投げ込まれたような気がしたとしても。

 ななせの幸福が、夕歌の望みであり、オレの一番の願いだから。

 

 井上心葉は、見た目通りの平凡な少年ではない。

 彼の心の中には、どろどろした深い闇がある。

 ななせに脅迫めいたメールを送ってきた彼女のことを調べるうちに、オレは井上の秘密を知ってしまった。彼女と井上の間に、なにがあったのかも——。

 もしかしたらオレと井上心葉は合わせ鏡のようなものだったのかもしれないと、そのとき思った。似ていながらまるきり異なるもの。けど、やっぱり似ているもの——。

 だから、あんなにも苛立ちながら、無視しきれなかったのかもしれない。

 井上ミウも、本当は嫌いではなかった。

 綺麗すぎる世界に、憎しみを覚えたけれど、憧れもしたのだ。

 

 井上の前の彼女が、この先、黙っているとは思えない。

 それに、井上の先輩の天野遠子。井上に一番近い場所にいる彼女の内側は、謎めいていて読み解くことができない。このオレを泣かせるなんて、ただものじゃない。

 天野は、井上のことをどう思っているのか。ひょっとしたら、あの文学少女こそ、ななせにとつて、一番手強いファントムになるかもしれない。

 けれど、ななせは、最後に勝利をつかむだろう。

 井上は、ななせに傾きかけている。

 ななせの優しさや、一途さや、強さや、愛情に気づき、惹かれはじめている。

 ななせは、ファントムには決してなれない。だけどラウルにはなれる。

 あとは、ななせの頑張りしだいだ。

 

 毬谷敬一も、鏡粧子も自首し、復讐は終わった。

�契約�も完了し、別れの挨拶もすませ、もう次の土地へ旅立つだけだ。

 ここは、夕歌が気持ちを吐き出すために作った闇の城だった。何重にもプロテクトをかけ、トラップを仕掛け、オレと夕歌以外、アクセスできないようにした。

 夕歌が死に、復讐のため夕歌に成り変わろうと決めたあとは、オレが代わりに更新を続けてきた。夕歌の気持ちで、夕歌として、キィを叩き、テキストを書いた。そうしながら、オレは、オレ自身の気持ちを吐き出していたのかもしれない。

 夕歌への罪悪感や、ななせへの想いを……。

 ここへ来ることは、もうないだろうが、このぺージは、そっくり残しておこうと思う。

 画面一杯に飾られた写真の中で、夕歌もななせも幸せそうに笑っている。オレは少し照れくさそうな顔をしている。

 いつか、なにかの偶然で、誰かがこのページに辿り着いて、夕歌の言葉を読み、写真を見たとき、少しでも夕歌のことをわかってくれればいい。

 

 そして、可愛いななせ。

 最後にきみの耳にささやいたように、きみの恋が叶うことを、心から願っているよ。

[#ここまで太字]

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

 二十四日のクリスマスイブを、ぼくは流人くんの行きつけのお店で祝った。

 前にも来たことがある、西部劇に出てくるようなカントリー調の店内は、貸し切りになっていて、クリスマスらしい赤や金の華やかな飾りつけがされている。

「ホントは、二人きりで、デートのつもりだったんだけどなぁ」

 隣で流人くんが、ぼやいた。

「それ、ぼくが女の子に闇討ちされるよ」

 店の左右前後で、華やかな女の子たちが、互いを牽制するよう睨みあっている。修羅場好きの流人くんには、刺激的な状況かもしれないけれど、ぼくには悪趣味すぎだ。

「いや、オレじゃなくてね……ったく、どーしてこうなるかな」

 流人くんが、ちろりと苦い視線を向ける。そこには、白い毛皮の縁取りがついた赤い上着とミニスカート、三角帽子というサンタクロースの格好をした遠子先輩がいて、肩にかついだ大きな袋からプレゼントを出して、みんなに配っている。

 はじめは、「どうして、わたしがこんな格好っ! ぅぅ、スカートが短いわ」と恥ずかしがっていたのが、すっかりノリノリで、プレゼントと一緒に笑顔を振りまいている。

「ったく、遠子|姉は……っ! あんなこと、やってる場合じゃないつーの」

「そうだよね、センター試験は来月だっていうのに。受験生の自覚がなさすぎだよ」

「じゃなくてすねー」

 流人くんが唸ったとき、ふわふわした髪の、小柄な女の子が近づいてきた。

「こんにちは〜、心葉せんぱーい」

「あっ、竹田さんも来てたんだね」

「はい〜、遠子先輩に誘っていただきました〜」

 黄色いモヘアのニットにグレイのスカートの竹田さんが、にこにこと答える。

「あたし、今、彼氏募集中で、独りさびし〜〜〜〜イブでしたから。ラッキーでした」

「なになに? そうなの? こんなに可愛いのに? じゃあ、オレなんかどぉ? オレも彼女募集中だから」

「わぁ、カッコいいですぅ。心葉先輩のお友達ですか? あたしは竹田|千愛っていいます。聖条学園の一年生です」

「おっ、タメだね。オレは櫻井流人。心葉さんの仲良しで、遠子姉の親戚みたいなもん」

「ふぇ〜〜〜〜、一年〜? 大学生かと思った〜」

「流人くん! きみ、これ以上彼女増やしたら、本当に刺されるからね」

 思いきり釘を刺すと、流人くんは爽やかな顔で笑ってみせた。

「あ、それベテランすから、慣れてますから」

「え——っ、すっごぉ〜い」

 竹田さんが、ぱちぱちと拍手をする。ダメだ、こりゃ。

「そぉいえば、芥川先輩とかも、来てるんですか?」

「芥川くんは、他に予定があるって。彼女と過ごすのかなぁ……」

「ええっ、芥川先輩、彼女いるんですか?」

「いや、なんとなく……そうかなぁって。あっ、琴吹さんが来るよ。麻貴先輩は、顔だけ出すって言ってた」

 遠子先輩は、『誘ってないわ! 来ないで!』と叫んでいたのだけど、麻貴先輩は、『もちろん行くわよ。あたしが贈った衣装を見るためにね』と怪しい笑顔を振りまいていた。あのミニスカサンタは、情報の�代償�——いや、その�利子�なのだ。

 その麻貴先輩が、店内の注目を一身に浴びて現れた。

 胸元を大胆にカットした裾の長いドレスに、毛皮のショールを巻きつけている。一体どこのセレブなパーティーから抜け出してきたのかという格好で、首にダイヤのネックレスがまばゆくきらめいている。はっきり言って、すごく浮いている。

「ああっ、麻貴ってば! 来るなって言ったのに!」

 わめく遠子先輩を、麻貴先輩は、にやにやしながら眺め回した。

「うんうん、似合ってるわ、最高。やっぱりイブはコレよね。その帽子だけ残して脱いでくれたら、もっと耽美で素敵なんだけど」

「や……、麻貴の変態……っ」

 罵られるのも心地よいというように、目を細める麻貴先輩に、ぼくは背筋がそそけだった。やっぱりヘンだ、この人。

 おまけに油断がならないし……。

 

 臣くんが去った翌日。麻貴先輩は、�契約�の内容をあっさり白状した。

 もう彼はいないのだから、どうでもいいと思ったのだろう。アトリエで、紅茶を飲みながら、ぼくと遠子先輩に話してくれた。

 臣くんは水戸さんを助けるため、水戸さんのお父さんから取り立てを行っていた金融業者の、不正の証拠を集めていたという。その一方で、警察やマスコミに働きかけてくれるよう、麻貴先輩に頼んできた。姫倉の後継者である貴女なら、可能だろうと——。

 代わりに、学園に生徒として潜入し、麻貴先輩の指示に従い、情報の収集や捜査をしていたのだ。

「もうひとつ。あたしが出した条件がこれ」

 そう言って見せてくれた水彩画には、素肌の上から白いシーツを被った、少女のような少年のような、臣くんの絵が描かれていた。

 モデルって、臣くんのことだったのか!

「なかなかの出来でしょう? タイトルは『天使』かな?」

 さめた視線をこちらに向けている�天使�の絵は、透明感にあふれ、孤独だった。

 一人で生きてきた彼のことを思い、胸を突かれながら、遠子先輩と二人でその絵を眺めていた。

 

 毬谷先生が殺人を犯したことは、姫倉一族が圧力をかけたのか、大きなニュースにはならなかった。

 先生に片想いをしていた杉野さんは、真っ赤な目で、何度もしゃくりあげながら、「マリちゃんは、あたしが友達に無視されて落ち込んでたとき、チャイを淹れて慰めてくれたの。優しい、いい人だったんだよ、本当だよ」と、一生懸命ぼくに言った。

「そうだね、毬谷先生はいい人だったね」

 そう答えながら、甘いチャイの味や、やわらかな湯気や、その向こうで微笑む先生の顔を思い出し、胸が締めつけられた。

 きみになにがわかるんだと、先生は言った。

 平凡でおだやかな生活なんて、本当は望んでいなかったと。

 けれど、先生と琴吹さんの三人で過ごした時間は、思い返すとやはり、切なくあたたかいものだった。毬谷先生も、粧子さんも、どこかで道を踏み外してしまっただけで、悪い人ではなかったのだと——たとえ先生に否定されても、そう信じたかった。

 悪質な取り立てをしていた金融業者にも、大がかりな捜査が入り、上層部の逮捕と業務停止は確実だろうということだった。

 �天使�をめぐる事件は、終わったのだ。

 

 ひとしきり遠子先輩をからかったあと、麻貴先輩は、流人くんのところへやってきた。

「あら、まだ生きてたの? 女の子に頭カチ割られて、剥製にでもされてるかと思った」

 笑顔で嫌味を言う麻貴先輩に、流人くんも負けじと嫌みったらしく笑ってみせる。

「オレ、マゾだから。そんくらい愛されりゃ本望」

 すると麻貴先輩が、いきなり流人くんの顔を両手で引き寄せた。

 実際には、流人くんの唇の横で、ぴたりと止めたのだけど、周りからはキスしたようにしか見えなかったろう。あちこちで、いやあああっと悲鳴が上がり、店内が騒然となる。脇で見ていたぼくと竹田さんも、目をむいた。

 唖然とする流人くんに、麻貴先輩が妖艶に告げる。

「——なら、百回くらい殺されてきなさい」

 そう言ったあと、

「祖父さんたちがうるさいから、屋敷に戻るわ。じゃあね」

 と、すっきりした顔で、さっさといなくなってしまった。

「おいこら!」

 わめく流人くんを、殺気立った女の子たちが一斉に取り囲み、「今のは誰!」「一体、何股かけるつもり!」「今日こそ、はっきりさせて! このあと誰と帰るの!」と、もめはじめたので、ぼくらは早々に退散した。

「遠子先輩の弟さん、本当に頭カチ割られそうですね〜」

「竹田さん、笑顔でそういうこと言うの、怖いからやめて」

「えへへ、真顔で言ったら、もっと怖いと思いますけど」

 そんな話をしていると、入り口のところに琴吹さんの姿が見えた。

 ふんわりしたスカートをはいていて、不安そうにきょろきょろしている。

「あっ、あたし、お手洗いに行きたくなっちゃったので、心葉先輩、ななせ先輩のとこへ行ってあげてください」

「え、でも、竹田さん」

「あたしのことは、お構いなく。ほら、あたし、誰とでも仲良くなれちゃいますから」

 笑顔のあと、急に知的な目になりそう言い、また開けっぴろげににっこりすると、竹田さんは、ぼくから離れていってしまった。

 大丈夫なのかなぁ?

 

 琴吹さんのほうへ行き、緊張ぎみに声をかけると、ほっとしたように頬を和ませた。

「井上……」

「こんばんは、遠子先輩にはもう会った?」

「ううん、まだ。ちょっと遅れちゃって……、今、来たんだ」

「そう。きっとびっくりするよ。あと、竹田さんも来てる」

「うん、聞いてる」

「なにか飲む?」

「じゃあ、オレンジジュース……」

 琴吹さんは、まだ少し元気がない。けれど一生懸余明るく振舞おうとしていて、ぎこちなくだけど、微笑んでくれる。

「はい、ジュース」

「ありがとう」

 二人で壁際で話をする。

 琴吹さんも、ぼくも、お互い気をつかっていて……。それが、事件は終わっても、あの日感じた痛みや哀しみは、ぼくらの心の中から消えていないことを思い起こさせた。水戸さんは琴吹さんのところへ二度と戻らない。琴吹さんは、クリスマスを一人で過ごすのだろうか……。

「琴吹さん、よかったら明日、一緒に出かけない? クリスマスだから、どこも混んでるかもしれないけど」

 琴吹さんは、首を横に振った。

「ありがとう。でもその日は、夕歌のために空けておくって約束したから。夕歌の好きな本を読みながら、ケーキを食べて過ごすつもりなんだ」

 口元に笑みを浮かべ、小さな声で言う。

「それでね……井上ミウを、読んでみようと思うの」

 そらさずに、ぼくへ向けられた眼差しを、とても綺麗なものに感じて——同時に、自分の弱さを思い知らされて、恥ずかしくなった。

 そんな気持ちを隠して、ぼくも笑う。

「そっか。なら、ぼくも家でのんびりしよう」

「あっ、で、でもっ、クリスマスのメールを送るね。へ、返事、くれたら嬉しい……な」

「もちろん」

「……それとね」琴吹さんがますます赤くなり、うつむく。「クリスマスはダメだけど、他の日は空いているから。だから、その……また誘ってくれたら、すごく……嬉しい」

「じゃあ、冬休みにどこかへ行こう」

 そう言うと顔を上げ、真っ赤に染まった頬のまま、子供みたいに素直に笑った。

「うんっ」

 

 ——ななせを、よろしく。

 

 そんな声が、耳の奥で聞こえたような気がして……。

 本当は、臣くんが一番、琴吹さんのそばにいて励ましたかったんじゃないのかな……そう思ったら、また胸が切なくなった。

 ぼくに、どれだけのことができるのかわからない。でも、琴吹さんが元気を取り戻せるよう、力になれたらいい。

 

 門限が十時だという琴吹さんを送り届けたあと、臣くんと別れた工場へ行ってみた。

 水戸さんの遺体は掘り起こされ、今は家族と一緒のお墓で眠っている。クリスマスツリーは、まだそこに残っていて、電飾のスイッチを入れると、明るく輝いた。

 青白い光を放つ雪の結晶、またたく赤や金色の星々、クッキーの型で抜いたみたいな人形、煙突のある家、サンタクロース、顔のない天使——。

 ガラスでできた天使は、三角形の体に二枚の羽根をつけていて、首から上がない。

 それを見ながら、いろんなことを考ぇる。

 ファントムになりたかった毬谷先生のこと。

 ファントムとして生きるしかなかった臣くんのこと。

 

 それから、美羽のこと……。

 

 ——ねぇ、コノハ、イブの願い事は、なんでも叶うのよ。コノハはなにが欲しい?

 ——……なら、美羽が作家になったら、はじめてのサインは、ぼくにくれるって約束して。

 ——もぉ、またその話? だから気が早いよ。

 

 くすくす笑いながら、ぼくの頬にすばやくキスした美羽。真っ赤な顔でうろたえるぼくに、腰をちょっとかがめて、いたずらっぽい顔で言った。

 

 ——今のが、約束、だよ。

 

 天使の羽に触れると、冷たさに指先がぴりっと震えた。

 遠い日のクリスマスを思い出しながら、ぼくは胸の奥が擦れるような切ない気持ちで、つぶやいた。

「美羽……ぼくはね……ずっと井上ミウを憎んでいたんだ。井上ミウの本も、全部|嘘っぱちで、バカな子供の落書きだって思ってた。

 井上ミウが……この世で一番、嫌いだったんだ。

 けど……水戸さんは、井上ミウが、好きだったんだって……。

 ミウの本を、暗記するくらい、何度も読み返したんだって……。樹も羽鳥も、大好きで……ミウの本を読んでいるときは、辛いことも全部忘れられるって……。そんな風に、臣くんに話してたんだって……」

 凍えるような寒さの中、喉が張り裂けそうになり、目に涙が込み上げてくる。

「ねぇ、美羽、きみは今、どこにいるのかな。なにを、想っているのかな……。ぼくが、井上ミウを否定するのをやめることを……きみは、許してくれるのかな……」

 ミウの小説は、ぼくと美羽が過ごした、他愛ない日常の物語だった。

 琴吹さんが言っていた。

 ずっとぼくらを見ていたって。ぼくは美羽といるとき、楽しそうに笑っていたって。

 ぼくはあのとき、きみに恋をしていて……嬉しくて、幸せで、しかたがなかった。

 だから、ミウの物語は、嘘じゃない。

 あの優しさに満ちた透明な世界も、あのやわらかな気持ちも、光のようなときめきも、あの本に書いたことは全部、あのときのぼくの、真実だった。

「美羽……今なら……ぼくに、会ってくれる……? ぼくらは、また会えるかな……」

 あの事件からはじめて、美羽に会いたいと、心から思った。

 ツリーにちりばめられた地上の星は、静かに輝いている。

 胸がいっぱいになって、喉がひりひりして、寂しくなって、哀しくなって、ひとりぼっちな気がして、草の上にしゃがみ込んで泣いてしまいそうになったとき。

 やわらかな声が、ぼくを呼んだ。

「心葉くん」

 振り返ると、長いコートを着た遠子先輩が、おだやかな笑みを浮かべて立っていた。

 ぼくは、慌てて手の甲で、目をこすった。

「どうして、いきなり現れるんですか」

「なんとなく……心葉くんが、来てるかなぁと思って……はい、プレゼント」

 会場で配っていたリボンのついた袋を、ぼくの手にそっと落とす。

 中は、星の形のキャンディーと、サンタの服を着た熊のマスコットだった。

「わざわざ、これを届けに来たんですか? こんな人通りのない場所。女の子一人で、危ないです」

「平気よ。帰りは、心葉くんが一緒だもの」

 ぼくの説教なんて聴く耳もたず、さらりと言ってのけ、遠子先輩は首を傾け、横からぼくの顔をのぞき込んだ。

「ね、心葉くんからのプレゼントは?」

「ありません」

 泣きそうだったのがバレるんじゃないかと、慌てて顔をそむけると、

「もぉ」

 頬をふくらませたあと、お姉さんぽく、くすりと笑った。

「そんなこと言わないで、なにかちょうだい。小さいものでいいから[#「小さいものでいいから」に傍点]」

 その言葉に、手帳に挟みっぱなしの栞のことを思い出し、手帳から引き抜いて差し出すと、遠子先輩は両手で受け取った。

 そこに書かれた、ぼくの携帯電話の番号と、メールのアドレスを見て、目を細める。

「Sincerely——敬具、という意味ね。心から……とか、誠実に、本当に……とか……」

 アドレスの単語は、お気に入りの曲から拝借したものだった。

 遠子先輩が、栞にそっと唇を押し当てる。

 月の光とクリスマスツリーのきらめきの中、まるで神聖な儀式のような、その仕草に、ぼくはドキッとした。

「あまーい……すみれの砂糖漬けみたい」

 花びらのような唇が、可憐にほころぶ。

 それから栞をぱくりとくわえると、そのまま、しゃくしゃくと小さな音を立てて食べてしまった。

 最後の一欠片までこくりと飲み込み、

「あー、美味しかった。ごちそうさまでした」

 笑顔で言うのを、ぼくは、ぼーぜんと見つめた。

「あら、どうしたの? 心葉くん?」

「食べましたね」

「え?」

「ぼくの、携帯の番号とアドレスを、全部食べましたね」

「ええええっ、食べちゃダメだったの?」

「アドレスは、ごはんでもおやつでもありません!」

「え? え? アドレスって?」

 機械|音痴の遠子先輩は、もとからわかってなかったらしい。

「もう、いいです」

 ぼくは、くるりと背中を向け、草の上に膝を抱えてしゃがみ込んだ。

 ヤバい。気がゆるんだら、また涙が込み上げてきた。

「……えっと……あの、隣、座ってもいい?」

「いいですけど、こっちを見ないでください」

 視界がどんどんぼやけて、喉に熱い塊が込み上げてくる。

 遠子先輩はぼくと背中合わせに、草の上に座った。コートの下はサンタの衣装のままらしく、寒そうにコートの裾を引き下ろし、膝を抱える。

 泣き顔を見られる心配がなくなったとたん、目の縁からあふれた涙が、頬にぽろぽろこぼれてきた。どうして、遠子先輩がそばにいると、ぼくはこんなに涙もろくなってしまうのだろう。

「臣くんのこと、考えてたの?」

「いろいろです」

「パーティー、楽しかったわね。いい息抜きになったわ」

「遠子先輩は、息を抜きすぎです」

「大丈夫、帰ったら数学の問題集を、やっつけてやるから」

「それ、一年生の問題集じゃないですよね」

「失礼ね、二年生の問題集だもん」

「全然、ダメじゃないですか」

「センター試験までに、三年生の問題集に進む予定なのっ」

 声をつまらせ、嗚咽を噛み殺しながら、普段通りの会話を続ける。

 きっと、——泣いていることは、とっくにバレているだろうけど……。

 気がつけば、遠子先輩は空を見上げたまま、ぼくの右手をふんわりと握っていた。

 あたたかな、優しい手——。

「雪は降らなかったけど、ほら、すごく綺麗な月よ、心葉くん。チェーホフの『谷間』の中に、こんな文章があるのよ」

 澄んだ声が、淡い月明かりの中に、心を清める賛美歌のように流れてゆく。

「『……悪がどんなに大きかろうと、夜はやはり静かで美しく、この世には同じように静かで美しい真実というものが現在も未来も存在するのだ。そして地上の一切のものは、月の光が夜と溶け合うように、その真実と溶け合うことをひたすら待ち望んでいるのだ……』——あぁ、チェーホフ、食べたくなっちゃった」

 遠子先輩が、うっとりと言う。

 真実は、決して美しいばかりではない。

 目をそむけたくなるような、醜い真実も、辛い真実も、存在する。

 けれど、夜はすべてを包み込み、月も変わらずにぼくらを照らしている。

 変わらないものも、美しいものも、あるのだ。

 遠子先輩の手のやわらかさが、ぬくもりが、それを教えてくれる。

 きっと、ぼくがファントムにならなかったのは、遠子先輩に会えたから。

 こうやって、手を握りしめてくれたから。

 大切な言葉をくれたから。

 二度と歌わないと決意し、一人で去っていったもう一人のぼくも、長い旅のどこかで、優しい手をした人に出会えればいい。

 どうか、どうか、神様。

 祈るぼくに、遠子先輩が優しい声でつぶやく。

「ねぇ、心葉くん……。わたしがいなくなっても、書くことをやめないでね」

 何故、今、遠子先輩がそんなことを言い出したのかわからないまま、寂しげで真剣な声の響きに、胸がたまらなく締めつけられて。

 それ、卒業してからも、おやつを送れってことですか? そう突っ込みたいのに、言葉が喉で止まってしまって。

 ——井上ミウは、二作目を書くと思うか?

 答えられなかった問い。

 けれど、もし、井上ミウが新しい物語を書いたら——。それを、どこかの空の下で、彼が読んでくれたら——そんなこと有り得ないけど、もし——。

 そうしたら、彼も、また歌ってくれるのだろうか。

 春から、遠子先輩はいない。

 いつまでも、めそめそ泣いてばかりいたらダメだ。強くならなければ。

 でも今は、遠子先輩の手のぬくもりが嬉しくて、安心して、ぼくは静かに涙をこぼしながら、月に祈り続けていた。

 神の子が地上に降り立った聖なる夜に——、臣くんの、琴吹さんの、美羽の、幸いを。

 

[#中央揃え]◇    ◇    ◇

 

[#ここから太字]

 ななせから夕歌に、クリスマスのカードが、メールで届いた。

 夕歌とはずっと親友だよというメッセージのあとに、井上の前の彼女にメールを送り返したとあった。

 彼女がどんなに、井上のことを悪く言っても、嫌がらせをしても負けないと。

 井上の口から聞く言葉以外は信じないと。

 

 明日、朝倉美羽に会いに行くと——。

[#ここまで太字]

[#改ページ]

 

 あとがき

 

 こんにちは、野村美月です! �文学少女�シリーズ、四話目まで来ました!

 美羽の登場を期待していたかた、ごめんなさいっっっ。決して引っ張ったわけではなく、はじめから琴吹さんメインの予定だったのです。

 だって、心葉にスルーされっぱなしのあの状態のまま美羽編に突入したら、琴吹さんがあまりにも不憫で……。今回でようやく、心葉のクラスメイトから一歩前進しました。

 というわけで、四話目は『オペラ座の怪人』です。これはもう、ファントムがとにかく切ないです。何度読んでも胸にきます。舞台、映画、小説と、いろんな解釈のファントムがいるので、比べてみるとおもしろいですよ! それぞれに味があります。

 味といえば……冒頭で遠子が語っていたお砂糖のタルトは、個人的に、とっても思い入れのあるお菓子です。十年以上前に一度食べたきりなのですが、あらためて調べていたら、無性に食べたくなってしまいました。お砂糖は、砂糖大根から作るヴェルジョワーズを使うのが一般的なようですね。そちらも、とっても美味しそうです!

 遠子のごはんシーンを書くときは、味を思い出し思い出し書くので、おなかがすいて、困ってしまいます。けど実は、これまでの巻に、これだけはどうしても苦手で食べられないというものが、一品だけ混じっているんですよ〜。

 

 さて、お礼です。夕歌の「クリスマスツリーの中に住みたい」というのは、ゲスト出演したラジオで、パーソナリティの榎本温子様が語っていたお言葉です。ちょうど四話目のプロットを作っていた時期で、ぜひに! とお願いして使わせていただきました。

 榎本様、快くご了承いただきまして、ありがとうございます。

 また、竹岡美穂様、今回も本当〜〜〜〜に素晴らしい絵を、ありがとうございました!

 毎度ページ数がぎりぎりで、慌ただしくて申し訳ありませんが、次巻はいよいよ心葉と彼女の話になりますので、ぜひ読んでくださいね! よろしくお願いします!

 

 



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