【日文评论】灼眼のシャナ

yaojiajun00 (穢翼のユースティア) 路人甲
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发表于:2013-08-15 19:09 [只看楼主] [划词开启]

 語り尽くせない幾千の想いを束ね、炎髪灼眼シャナの物語はやっと最終章を迎えてきた。四年ぶりに作品と再会した時の懐かしさとその終わりを告げた時の名残惜しさは永遠の思い出になる。何年間にもわたり、好きな作品(原作もアニメも)が終わったとはかなり珍しい、それに深い歴史的な意味を持つこの作品はなおさらだ。

 

 いつ頃のことだろう、はじめて作品の名を耳にしたのは中学時代だった。原作としてラノべは今のようにマンガと並び立つどころか、まったくその概念も人々の頭に入っていなかった。それにツンデレという萌えの属性はまだはやっていなかった、アニメ化の時は釘宮理恵の出演をきっかけに彼女もヒロインのシャナも一躍有名になった。シャナは最初の釘宮理恵らしいツンデレキャラ(主に貧乳のロリ)としてデビューした。この作品との出会いをきっかけに二次元世界に入ってきた人も多いだろう。この作品に先駆け、ツンデレという属性は人々に注目され、ツンデレキャラの人気も高まり、作品において活躍の姿もよく見られるようになってきた。普段はツンツンとした態度を取るが、本心はデレデレなことを感じさせるはにかみ屋、「別にあんたのために頑張ったわけじゃないわ、勘違いしないで」とか、「あんたがどうしても~してほしいというなら、別に~してあげなくもない」とかのキメせりふと共に、頬を赤らめながら口ごもるようになれば、ほぼ間違いなくツンデレなのだ。

 

 キャラ自体の属性などはさておき、ストーリーにしてはシリアスのタイプなのだ。そこんとこ覚えておかないと、たぶん今の第三シリーズに幻滅してしまうだろう。第二シリーズの学園生活の部分があまりにも長すぎたのもこんな錯覚を生じた原因、オリジナルのエンドと今の第三シリーズの繋がりがうまくできなかった、ストーリー的には第二シリーズの制作が崩壊したと言っても過言ではない。それに原作者は前この作品への位置付けにも問題があったらしい。祭礼の蛇の登場を境に世界観が急に複雑になり、新しい登場人物が一気に増え、世界大戦となった。世界観の展開がはやすぎ、広すぎ、後の収拾がつかなかった。掲示板でそういう指摘はしょっちゅう見かける。確かに前の学園冒険恋物語に慣れすぎ、今度てっきりその方向へ期待した人にはがっかりした。私にも些か唐突な雰囲気がする、今でもその大勢の登場人物や目まぐるしい自在式の原理についてはあまり分からない。そして何より大変なのは第一、第二シリーズに比べると、難しいせりふがいっぱい出ているということ、時々字幕から目が離せないぐらい、それに気を取られてばかり、結局その設定とか世界観とか理解する余裕もなかった。しかしそれはあくまで私自身の問題、日本語能力次第のこと、それにかこつけて作品に難癖をつけるわけになんかいかない。

 

 坂井悠二、生徒としての平和の日常はある日炎髪灼眼の少女との邂逅で終わった。自分がすでにトーチという死人と同然の身になったと知らされ、命も、みんなの自分に関する全ての記憶も、この世に存在する何もかも掻き消されようとしている。まさに寝耳に水。誰ひとりも救えず、同じトーチになった友達の体が目の前で消え去っていったのを見送るぐらいしか何もできなかった、その無力さに絶望した。ストーリーの最初はそういう悲しい雰囲気に包まれていた。劇場版で改めてこのシーンを観る時は挿入曲の「赤い涙」に合わせ、雰囲気が一段と悲しくなった。本当に涙も溢れそうになった。その後彼は自分の体に宿った零時迷子のおかげで存在の力を回復され、この世から消えずに済んだ。ストーリーが進められるようにこんな設定を出すのも当然だが、今から言わせてみれば、そのためだけでもなく、この零時迷子は作者の張っておいた伏線、後の展開においても肝心要のような道具として役に立っている、紛れもなく作品の最後まで貫き通した重要な設定なのだ。しかし彼は最初戦いの役にも立たず、シャナについていても足手まといにしかならない。おまけにお人好しで、優柔不断な男、ストーリーの最初から見ると、ただ無様な生き方をしているダメ人間に過ぎなかった。そんなハーレム男のような彼のふがいなさが多くの人に嫌われたり、さらに「さっさとくたばれ!」とかの罵倒の声を浴びたりしたのは無理もない。

 

 でも彼はそのままではいられない、それからはいつも成長している。自分の優れた知恵で少しでも戦力になれる。実戦にも何度も敵の張り巡らした自在式を見切り、ピンチを乗り越えたことがある。その時からもう彼を見直さなければならなくなった。

 

 シャナ、天壌の劫火、炎髪灼眼の討ち手、その正体は天罰神と契約し、炎からフレイムヘイズとして生まれ変わった少女。坂井悠二と出会う前にはこの世の人間模様を知らず、ほかのフレイムヘイズと変わりなく、単なる徒の討滅へ赴く戦いの道具として生きていた。二人の出会いは運命の歯車を突き動かした、幾多の試練を乗り越えた彼らの間により深い恋の絆が芽生え出した。

 

 人がこの世に存在するための力を奪い、世界に歪みをもたらす紅世の徒、そいつらを討滅し、世界が崩れないように存在の力のバランスを保ち続けるフレイムヘイズ、双方の宿敵の因縁は常しえに輪廻していく。ほぼ無限の命が燃え尽きるまで戦いの使命を背負い続けている。居場所はどこにもなく、時の流れを見送るたびに人間の感情が薄れていく、フレイムヘイズはずっと孤独な戦士でいる。それを悟った坂井悠二は迷いに陥った。自分の大事な人のためにも彼女の重荷を卸したい、戦いに身を委ねる道具という数奇な運命から救ってあげたい、この数千年の因縁を終わらせたい。「何とかならないのか。」自分に問いかけても答えが出なかった。そんな彼の体に創造神が目覚めた。創造神の計画に合意し、彼はその代行者として、自らすべての徒を統べるバルマスケの盟主になった。現世と紅世の狭間に新たな世界を創り出し、その楽園に徒たちを導き、そいつらにも贖いを与える。新世界の影響はこの世に及ばず、この世の存在の力が奪われず、世界が安定を迎えてくると保証する。もちろんフレイムヘイズたちも永遠の戦いから解放される。その革命的な計画を坂井悠二は迷いもなく遂行してみせると決意した。

 

 こんな展開は今までの作品にも出たことがない。最初私はてっきり男主人公が敵側に寝返りを打ってラストボスという悪役になったと思っていた。その時驚いた人も多いだろう。彼の計画と決意を理解した時、最初の罵倒の声が消えた、かわりに応援や賞賛の声が上がってきた。彼はもうあの優柔不断でダメな坂井悠二なんかではない、強い力を手に入れただけでなく、何より大切なのは強い意志もできていること。必ずこの理不尽な因縁にけりをつけてみせる、必ず大事な人を守ってみせるという強い意志を抱いて、誰よりも創造神の悲願に燃え、その上すべてを背負う覚悟もできているとは本当に殊勝なこと。そこまで性格が立派に成長した男主人公は今の「ハーレム男」時代に珍しいというより、むしろありがたいよね。

 

 フレイムヘイズは正義の味方、紅世の徒は邪悪な魔物、だからフレイムヘイズが徒を殺しまくるのも当然のこと。でもこれは第三シリーズを観るまでの話、今その考えは覆したのだ。悪いが今度はちょっと坂井悠二の率いるバルマスケの方に加担させてもらった。坂井悠二と創造神の目的を知らずにフレイムヘイズの上層部は全部の戦力をかけてそっちに戦いを挑んでいった、さらに大地四神も動員した。彼らは戦いの使命を誇りと思い込み、戦い即ち自分の存在する価値、彼らの人生には戦いのみ、戦場で死ぬのも本望。創造神がその計画を彼らに告げた(大命宣布)時、フレイムヘイズの全軍はあっという間に大乱に陥った、大勢の人は武器を捨ててうろたえて雨中に敗走した。彼らにとって、「もう戦わなくていい」とはまさに数百年、数千年も戦ってきた結局がその誇りの剥奪、存在価値の喪失と意味している。「獲物を失ったハンターはもはやハンターでなくなる」、いわゆるこの妄執にとらわれ、彼らは復讐者でしかいられない。そう、決してみすみす徒を見逃すわけにはいかない、そんな大義名分のもとに実は聖者きどりの復讐者。

 

 同じフレイムヘイズとして、シャナは彼らと違う。坂井悠二の計画はただ姑息な手段、特にその保証は信じきれない。近くの間には確かにこの世界に影響が出ないが、数百年、数千年経ったら、新世界のバランスの崩壊は必ずこの世界により大きな災厄を及ぼす。だから徒の新世界での狼藉も放っておくわけにはいかない、せめて人間の存在の力を奪われないようにやつらを律する自在式などが必要と、彼女はそう考えていた。問題の核心には二人がすでに触れ合えた、しかしその解決策についてまだ互いを認めていない。いわゆる革命派と穏健派の食い違い、どっちでも過ってなどいない。ならば、どっちが認めるか、それは力ずくで相手をねじ伏せてからの話。二人を中心に闘争の渦が御崎市を巻き込んでいる。

 

 壮絶な戦いの最後には創造神の引率のもとに徒たちが全員あの新世界へ旅立った。そのかわりに、存在の力を奪われないようにやつらを律する自在式も新世界の誕生とともに織り込まれた。1200人ぐらいのフレイムヘイズは監視役としてその後もあそこへ赴いた。これはつまり双方の歩み寄りで成した結果、永年の因縁も一応氷解した。坂井悠二は御崎市の修復を片付けた後、独りで新世界へ行くつもりだった。あそこで徒と人間の共存のために頑張ろうと思っていた。自分のわがままのせいでみんなを戦争に巻き込んで多くの犠牲が出たことに心を苛まれていた。そんな彼はシャナに相対する自信も彼女とともに歩く資格がないと思いつめていた。自分のせめてもの罪滅ぼしに独りでこの寂しさ、この痛みを抱え込み、罰として受けようと、最初あの決意をした時、彼はもう全ての「罪と罰」を背負う覚悟ができている。しかし彼は背負いすぎだ、シャナの気持ちも構わず、またわがままに彼女を置いてきぼりにしようとした。もちろん今度こそシャナはもうこのまま彼を手放しはしない、その想いを互いにぶつけ合いながら、二人がやり合い始めた。

 

 万能型と誇る坂井悠二の自在式でも防ぎきれない劫火に飲み込まれた瞬間、まるで心をその劫火に洗礼されたように彼はやっと割り切れた。自分の本心にはやはり背けない、目の前の愛しい彼女と一緒にいたい、その本音はついに吐いた。互いの想いは胸の奥に届いたと、そう思い知らされた二人は抱きしめ合いながら口付けを交わした。これからはずっと、ずっと一緒に歩いていく。もう二度と離れはしないほど契りのキスは二世かけて二人を深く結んでいる。全てを片付けた後、二人は一緒にあの新世界へ旅立った、平和の日常に戻ったこの世に何も残らず、みんなの記憶からその存在がすでに掻き消されたのだ。手を繋いで、誰も知らない涯てより二人だけの幸せな未来を開く。「涯てより開く」とは一体どういう意味だろう。さあ、人にはきっとそれぞれの答えがある、けれど、私が信じているのはこの答えだけ。

 

 おしまい時の二人の後ろ姿を見送って、シャナがメロンパンを食べる時のその無垢の笑顔と、ふて腐れる時の「うるさい!うるさい!うるさい!」という三連発のキメせりふはふと思い浮かべた、気付いたら涙もさめざめ。みんなのあまたの思い出を載せ、やっとグッドエンドに辿りついた。最後まで見届いたことに悔いはない。第三シリーズはまさに波瀾万丈な史詩劇、二人の描いた物語がこれからも永遠に続いていくように心から願ってやまない。

 

 ちなみに、「ゼロの使い魔」も同時に終わった。「灼眼のシャナ」と同じ時代の作品、声優陣もほぼ同じ、今度は同じく最終シリーズ。ストーリーの笑い、釘宮理恵らしいツンデレキャラ二人目としてヒロインのツンデレ属性ならば、「灼眼のシャナ」を断然上回る。ストーリーはラノベ(light
novel)の定義にもぴったり、とても楽しく軽く読めるジャンル。しかし「灼眼のシャナ」に比べると、どうやら制作組からずいぶんひどい差別を受けたようだね。アニメのオリジナルストーリーが多い、原作をあまり読んだことのない私にはあの「グッドエンド(仮)」(オリジナルだから)が一応納得できるが、作品が何年間にもわたって結局オチないまま終わったとはさすがに悔しくて悲しい気がするね。特にみんながよく「灼眼のシャナ」と一緒にするこの「ゼロの使い魔」はなおさらの話だ。そしてあのひどい差別もちょっと腹立たしい。もし「灼眼のシャナ」が最後私にくれたのは感動だとすれば、「ゼロの使い魔」が最後くれたのは失望と悲しみなのだ。より楽しいストーリーなのに、何という皮肉なことだね。

 

 とにかくこの作品も同じくみんなのいろんな思い出を載せて今やっと終わった。めでたし、めでたし、とでも言っておこうか。(すまん、つい凛々蝶の口癖を借りてツッコミさせてもらっちゃった。)

 

 また今度お楽しみに。


 




最后编辑于:2013-08-15 19:10
分类: 杂货铺
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