【12组每周一测】2015年9月第三周(三级)

月雪心 (颯) ☺☺
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发表于:2015-09-20 12:07 [只看楼主] [划词开启]

        我很高兴,看见又有人回归了,突然想起了以前看过的一篇文章,何谓幸福。

      莞尔一笑,是不是有种感觉回到了学生时代。那时候,老师总会出一些莫名其妙的高深问题来应对考试,什么是生活啊什么是人生啊等等,诸如此类。范文模板一打结果写出来的文章自认为没有一点灵魂,却还是可以达到高分(pia飞,自卖自夸的人)。。。。。。咳咳。怎么说呢,不懂含义怎么也体会不了的感觉吧。

        欢迎回归,那些曾经和我们一起学习日语,却因为不同的情况退出又归来的孩子们。

        当然,还要重新入组啊,可怜的孩子们,我在这等你。

  @rlheine      @wangyanmeim     @lammers   @清风灬飞雪 

    这篇文章是某年的真题,我希望可以用2句话,最多不超过3句话来概括每段大意。

    就和初中概括段落大意一样,现在的大家,是否可以回想起以前考试题的痛苦。淡定淡定,可惜没有答案,所以,好好想想吧。

        

幸福も不幸も、常に、いっそう幸福な状態といっそう不幸な状態との中間にある。絶対の幸福というものもなければ、絶対の不幸というものもない。もともと心持ちの問題で、しかも、その心持ちは、別に基準のない、他人の運命との比較や自分の過去との比較によるのであるから、それは当然のことである。他人から見てどんな幸福と見える中にも不幸はあり、逆に、他人から見てどんな不幸に見える中にも幸福はあるものである。人間とは、満足しない動物ともいえるもので、いかに他人から幸福そうに見えようとも、それにまったく満足しているという人間はあまりないし、それとともに、人間とは、希望に生きる動物なのであるから、いかなる不幸の中にあっても、何かの形で小さな幸福を見い出したり、作り出したりするのである。これは、人間の本来の姿なのである。人間とは、そういうふうにつくられたものなのである

自分は幸福を求めるものでない、という者も、実際には別の形で幸福を求めているのである。世の常の、むなしい、移りやすい幸福に対して、不動の幸福、いっそう確かな幸福というものがあることを、人間はずいぶん古い昔から信じてきた。宗教も道徳も、そのむなしい、移りやすい幸福に対して、不動の幸福、いっそう確かな幸福を得る手段を教えるものであった。しかし、(それにもかかわらず)、幸福とは、何よりも、そのむなしい、移りやすいものであり、人々は、それを追い求めることに生活の意味を見いだしている。遠くから見ていると美しいが、とらえてみると何でもないものだ。これは、詩人たちのくり返し歌ったテーマである。

しかし、その何でもないものが、果たして何でもないものであろうか。朝起きて子どもたちといっしょに食卓に向かう。夕方帰って一碗の熱いお茶を飲む。夜になって暖かい床にはいって眠る。こういう何でもないことが、それが失われたときになって、じつに大きな幸福であったことを多くの人々が気づいているはずである。むしろ、幸福の本体は、そういう何でもないと考えているところのものであって、遠くから見て美しいようなものにあるのではない。それが失われて、はじめて、そこにこそ幸福の実体がると悟るのも、幸福がいつでも遠くにあるものだという心理に基づくには違いないが、いったん実体が何かと悟ることは、ほんとうに幸福になる第一歩である。


最后编辑于:2015-09-20 12:09
分类: 小组学习
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