2015.09.29【日译中】美丽村(节选)

独孤绝涯 (俺様はケヴィンです) 译译生辉
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发表于:2015-09-29 11:49 [只看楼主] [划词开启]

序曲

序曲


六月十日 K…村にて  

六月十日 K……于村


    御無沙汰(ごぶさた)をいたしました。今月の初めから僕(ぼく)は当地に滞在(たいざい)しております。前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、やっと今度、その宿望がかなった訣(わけ)です。まだ誰(だれ)も来ていないので、淋(さび)しいことはそりあ淋しいけれど、毎日、気持のよい朝夕を送っています。  

        久疏问候。本月初开始我居住于此。以前我总是说,我想在这样的初夏,来这高原上的村庄一次,而这次我终于如愿以偿。这里没有人来,所以说冷清寂寞还真冷清寂寞,不过我每天过得都很快乐。


    しかし淋しいとは言っても、三年前でしたか、僕が病気をして十月ごろまでずっと一人で滞在していたことがありましたね、あの時のような山の中の秋ぐちの淋しさとはまるで違(ちが)うように思えます。あのときは籐(とう)のステッキにすがるようにして、宿屋の裏の山径(やまみち)などへ散歩に行くと、一日毎(ごと)に、そこいらを埋(うず)めている落葉の量が増える一方で、それらの落葉の間からはときどき無気味な色をした茸(きのこ)がちらりと覗(のぞ)いていたり、或(あるい)はその上を赤腹(あのなんだか人を莫迦(ばか)にしたような小鳥です)なんぞがいかにも横着そうに飛びまわっているきりで、ほとんど人気(ひとけ)は無いのですが、それでいて何だかそこら中に、人々の立去った跡(あと)にいつまでも漂(ただよ)っている一種のにおいのようなもの、――ことにその年の夏が一きわ花やかで美しかっただけ、それだけその季節の過ぎてからの何とも言えぬ佗(わ)びしさのようなものが、いわば凋落(ちょうらく)の感じのようなものが、僕自身が病後だったせいか、一層ひしひしと感じられてならなかったのですが、(――もっとも西洋人はまだかなり残っていたようです。ごく稀(まれ)にそんな山径で行き逢(あ)いますと、なんだか病(や)み上がりの僕の方を胡散(うさん)くさそうに見て通り過ぎましたが、それは僕に人なつかしい思いをさせるよりも、かえってへんな佗びしさをつのらせました……)――そんな侘びしさがこの六月の高原にはまるで無いことが何よりも僕は好きです。どんな人気のない山径を歩いていても、一草一木ことごとく生き生きとして、もうすっかり夏の用意ができ、その季節の来るのを待っているばかりだと言った感じがみなぎっています。山鶯(やまうぐいす)だの、閑古鳥(かんこどり)だのの元気よく囀(さえず)ることといったら! すこし僕は考えごとがあるんだから黙(だま)っていてくれないかなあ、と癇癪(かんしゃく)を起したくなる位です。

不过说到冷清寂寞大概就要提到三年前,我孑然一身抱病至十月光景的事情了,那时候山里初秋的寂寥如同他物。那时我拄着藤杖,在旅馆后面的山路上散步时,每天覆盖在那里的落叶都会增加,与此同时在那落叶的空隙里,时常能瞄到颜色让人不舒服的蘑菇,亦或是在那之上的赤胸鸫(那种瞧不起人的小鸟)完全一副懒散的样子飞来飞去,在那之后便毫无人迹;尽管如此但是住在那里总觉得其中,那人迹消逝的地方弥漫着一种气息——特别是那年夏天极其华丽美好,以至于夏天过去后,有一种难以名状的冷清,可谓一幅肃杀之感,这种感情也许是生病之后产生的吧,我不禁更深切地体会到了这种气息。(话虽如此,好像还有不少欧美人在这里。极其罕见地在那样的山路上碰到他们后,总觉得他们把我这个病刚好的人当成了形迹可疑的人,就这样我和他们擦肩而过,别说让我对他们亲热,他们反倒让我感到了莫名的寂寞……)在这六月的高原上完全没有那种冷清,这是我最喜欢的一点。无论我走在哪条没有人烟的山路上,草木全都生机勃勃,它们已经完全做好了应对夏天的准备,只剩下等待夏天到来这件事了。没有比山莺、布谷鸟那精神百倍的叫声更让人烦的了!听得我都想发火:我在考虑事情,你们就不能不叫吗?


最后编辑于:2015-09-29 19:13
分类: 日语
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